心蓮心通信 ニュース

『まとめ』 胡丹


私たちは、好奇心と夢を胸いっぱいに抱き、この広い海を飛び越えました。この美しい国、日本を訪れ、1ヶ月の生活を経て、間もなく帰国しようとしている今、日本での生活をまとめようと思います。

来る前には、日本は科学技術の発展した、人々の資質は高くていつも人のためを思うとだけ聞いていました。けれどそれは私にとってはただの聞いた話でしたが、日本に着てやっと本当に体験することができました。ホームステイの間、信号のない道路を渡る時は緊張すると思っていました。中国では、左右をよく見ながらおっかなびっくりですから。日本では、ドライバーは自主的に白いラインの外に止まり、通行人を先に渡らせます。もっと不思議だったのは、東京の地下鉄の駅では、人々は進んでエレベータの左側に立ち、急ぐ人が右側を歩くようにしてあげることです。これを見て、日本人が人のためを思うことに感心せずにはいられませんでした。しかもこの国の人はとても秩序だっていて、はつらつとしています。これは国内のエレベータに乗る人が無秩序なのとは違います。にぎやかなディズニーランドでも普通の地下鉄の駅でも、人々はいつも順序や規則を守っています。日本の発展がこんなに速い理由の一つはこれだと思いました。

日本の科学技術について、「中国の科学技術は日本より少なくても20年遅れている」と聞いたことがあります。私たちには、「神舟6号」や、月面着陸を目指している「嫦娥」計画があるので、この言葉を信じませんでした。しかしシャープ博物館を見学して、私は一人の中国人として、日本に拍手喝采をせずにはいられませんでした。すでに開発利用している太陽電池や液晶テレビから、研究中の無線テレビまで、すばらしいと思いました。

神戸、大阪の先進科学技術を見て、1945年8月6日に原子爆弾を投下された広島に行き、原子爆弾が爆発した時のきのこ雲と、人々が受けた大きな被害を目の当たりにしました。痛ましい歴史を見ながら、耳をつんざく原子爆弾の爆発音を聞きながら、私たちは世界平和を心の中で祈りました。人影の石の悲しさを思い、火の海の中を逃げまどう人たちの悲鳴を聞き、北極星に世界で二度と戦争が起きないように願いました。恐ろしいこの世の地獄を見ながら、捧げられた千羽鶴を細かく数えながら、世界中の人たちに向かい呼びかけました。「世界は核兵器を二度と持ってはならない!」と。

そして今、日本の小学生が心をこめて折った千羽鶴の塔に触れ、光またたく東京タワーを目にし、おだやかな自然の息吹が交じる海風を楽しんだ、これが私の日本での30日だと思っています。私たちができることは、平和、科学技術、自然、人文の分野で、世界平和のために、科学技術の発展のために、中日友好の交流のために力を尽くすことだと思います。


胡丹
胡丹
年齢:14
出身地:重慶市
日本での滞在先:沖縄県

『約束の日本旅行』


あふれる期待と使命をたずさえて私たちは日本に来ました。そして私はヒトデで埋め尽くされているこの沖縄にやって来ました。

沖縄での私の第一印象は「とても熱い」でした。北海道ではコートやダウンジャケットですが、ここでは薄い長袖を一枚着るだけでよいのです。飛行機を降りるとすぐに、満開に咲いた花やすくすくと育ったやしの木が見えて、心が温まりました。

さらに温かかったのは人の心でした。登校初日に私は寝坊をしてしまいました。慌てて荷物をまとめてなにも食べずに、一時間かかるバスの旅に出かけようとした時に、ホストファミリーのお父さんがエプロンをしたまま手にトーストを二枚持って、あまり流暢でない中国語で「食べてから行きなさい」と言ってくれました。この時から、私の心の中には、日本人――トースト! というイメージが深く刻み込まれました。

学校については、彼らの音楽の授業はとても良いと思いました。自分で一つの楽器をマスターして、その後の試験は演奏なのです。歌を数曲うたってDVDをいくつか見て終わり、という中国の音楽の授業と比べると、私は日本の方がずっと好きです。いろいろなことを学ぶのに悪いことはありません。それから、彼らの体育の授業もいくつかのスポーツから自分で選択できるようになっていて、より生き生きとしています。しかし、私が理解できなかったのは、学校の学生があまり交流していないということでした。特に男子生徒と女子生徒です。彼らが話している姿は見たことがありませんでした。クラスメートに聞くと、学校の男子生徒と女子生徒は気が合わないのだそうです、なんと不思議なことでしょう!

最後に、日本人はとても礼儀正しいと思いました。信号のない道を渡るときには、いつも自動車が私たちを先に通してくれますが、これにはあまり慣れませんでした。

まとめると、日本での生活はとても楽しかったです。


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