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『日本での交流のまとめ』 楊耿
何故だか楽しい日々の過ぎるのは速いように感じます。記憶は、来日以前の好奇心と期待と一緒に留まっているようです。長いような短いような1ヶ月でしたが、青春期の私たちにとり、外国での日々は美しくて不思議なものに違いありません。
しかし楽しい日々はみんなと一緒の活動に限られているように思います。どうやら僕は、40人の中で一番アンラッキーだったようです。日本の家や日本の両親もいなくて、2週間の留学生活を寮で過ごしました。寮の環境はよくても、夜になりたった一人で部屋にいる寂しさは、表現のしようがありません。部屋にはテレビもないし、電話をかけることもできず、いつも窓辺で本を読むか、退屈して汽車を見ていました。ぼんやりとしていると、日本の家庭で楽しく過ごしているクラスメートたちのことがまた頭に浮かんできて、羨ましくてたまらなくなったこともありました。一番つらかったのは、入浴するのに5階まで降りなければならなかったことです。本当に気が重くなりました。寮にはいって2日目には帰りたくなりましたが、戻ってみんなと一緒に過ごすことや、神戸で、家族と離れて海外での春節を迎えることを思いました。
寮生活は孤独でしたが、学校のクラスメートはどこに行くにも一緒で、とても仲良くしてくれ、気持ちが暖かくなりました。バレンタインデーにはたくさんのチョコレートをもらってしまいました!授業はあまりわからなくても、漢字を見ると、内容が想像できるので、授業中の楽しい雰囲気も味わうことができました。一番の違いは、日本のクラスメートは総合的な学習をしていることで、学校も家庭科や音楽科を設け、料理や裁縫、ギターを教えています。これは中国では絶対無理です。特に、午後3時40分に授業が終わると、みんなは自分の好きなクラブ活動に参加します。この時間に中国の子どもはまだ問題を解くのに没頭しているでしょう。なんてうらやましい!
まとめて言うと、2週間の留学体験はやはり良かったと思います。想像よりは単調でしたが、みんなと一緒の時の楽しさはそれを十分に補っていました。神戸の中華街では、我が家に帰ったような安心感を抱き、京都の金閣寺や二条城では、人文、伝統文化の息吹に触れ、日本民族が現代文明と伝統文化の両方を受け入れていることに、感心しました。また広島の平和資料記念館の震撼とさせる写真があります。61年前のあの悲劇を訴え、平和で幸福な未来を呼びかける、これは全人類の願いです。
日本の旅は、僕の人生で特筆すべきことになるでしょう。私たちは平和の使者です。これから中日関係に貢献する、これはみんなの願いであり、僕の努力目標でもあります。
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| 楊耿 |
年齢:15
出身地:重慶市
日本での滞在先:茨城県 |
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