心蓮心通信 ニュース

『日本の旅』 王源


1ヶ月の日本の旅は終わろうとしています。私は、何も意識せずに東京でネオンの下を歩き、福岡で雨がぽたぽた落ちる地面を見て、神戸、大阪、京都の流れ雲を目に留めました。そして今、日本の旅がもうすぐ終わることを意識せずにはいられません。

私の記憶はとても細々として深く、心の中でたくさんのシーンや思いが交錯しています。東京に来てまもないころ、すべてが物珍しく興味津々でした。疲れを知らぬように、大通りや路地を縫い、スーパーマーケットの品物の値段や、犬を連れて散歩するおばあさんをカメラで写しました。目を丸くして、自分の世界と似てたり似てなかったりする新しい世界を観察しました。東京はすばらしいです。平穏で、清潔で、にぎやかで、東京の人は親切で誠実。すべてが暖かく感じました。

東京を後にすると、福岡でホームステイ体験が始まりました。中国社会から殆ど完全に離れて日本人の中に身を置くことになります。どきどきすると同時に、寂しく思わないか心配でもありました。けれど実際には、ホームステイ先の家族にあったとたんに、みんなのことが好きになりました。私を家族の一員として受け入れてくれたのです。お母さんと二人のお姉さんは、スーパーに連れて行ってくれ、一番高い魚や私の好きな食べ物を買いました。おじいさんとおばあさんは一日目から、私をしきりにほめてくれ、愛情にあふれていました。彼らと一緒の毎日は、心温まる、興味深い生活でした。私は、いろいろ珍しいことを観察しました。例えば、たたみにはひざを折って座り、夜はたたみに厚いふとんを敷き、食事の前には、「いただきます」、食事が終わると、「ごちそうさま」と言うなどです。たくさんの細かいことの背後には、人のためにという精神があると思いました。きちんとしていて完璧を求める態度は、学校生活も同じで、感動し人としてあるべき姿を学びました。

福岡県での2週間の短い生活は、一生わすれられないすばらしい経験で、別れる時には、とても辛く思いました。福岡の親しい人、先生方、クラスメートたちが幸せであるように祈っています。

研修旅行も勉強のいい機会でした。あわただしいものでしたが、日本文化の背景や歴史の理解が深まりました。

中国に帰ったら、私の見聞きしたことを、身近な人たちに話し、また日本の本当の姿と、その時々の私の考えと思いを伝えます。


王源
王源
年齢:16
出身地:内モンゴル自治区
日本での滞在先:福岡県

『福岡への想い』


私は賑やかな都市が好きですが、初めて福岡に来た時の、この都市に対する印象は普通で、清潔だがあまり賑やかではない、というものでした。しかし、二週間の体験生活が終わると、私はこの場所を深く愛するようになっていました。どうもここは私の第二の故郷となったようです。

一.学校生活

最初の日に学校で授業を受けて、私達は先生方の優しさに深く感動しました。先生方は私たちをまるで自分たちの生徒のように、気にかけて思いやってくださり、すべての面で私たちにとても行き届いた配慮をしてくれている、と感じました。学校を参観した時に、塚本先生は私たちが少し寒そうにしているのを見て、私たちに上着を二枚持ってきてくれました。私は英語を学んでいるので、塚本先生は毎日スケジュールを発表する時に、私たちのために話を日本語と英語で二度してくれました。日本語の授業では、優しい亀永先生は私が聞き取れないことを心配して、いつもクラスメートに英語に翻訳させて私に聞かせてくれました。また、私が興味を失わないよういつも私が自分の意見を言えるように考えてくれ、さらに私にできるだけ日本語を覚えるようにと励まし続けてくれました。横山先生は学校が休みの時に、環境保護に関するいろいろな場所に連れて行ってくれて、道中根気よく私たちに説明をして、私たちが満足できるようにと力を尽くしてくれました。またその他の先生方も昼間は私たちのために特別な授業を準備してくださり、私たちの体験学習にもついて行ってくださったので、目が真っ赤になるほど夜遅くまで残業をしていました。

クラスメートはみんな私たちにとても友好的でした。私たちは交流をするうえで少々支障がありましたが、それでも深い友情を結ぶことができました。私たちが日本の漫画、映画、小説、ファッションをよく理解していることを知った時には、みんなびっくりしており、さらに感動もしていました。私たちの間にはたくさんの共通点がありました。若者の世界には国境はないのです。

 私たちが福岡を離れて神戸へ向かう時に、たくさんの先生方が駅に見送りに来てくださいました。先生方は一人一人私たちに工夫を凝らした贈り物を贈ってくださり、クラスメートは私たちに自分たちで作った精巧で美しいカレンダーをプレゼントしてくれました。学校では近いうちに学校で作った私たちが福岡で生活した時の記録ビデオと写真も送ってくれます。

ひびき高校が大好きです。北九州市が大好きです。福岡が大好きです。

二.ホームステイ

二週間のうちに、私は二軒でホームステイしました。

一軒目は秦家でした。奈央美は私より一つ年上で、毎日私を学校へ連れて行ってくれました。バスの中で、私は彼女について簡単な日本語を少し学びました。私がなかなか覚えられなくても、何度も根気よく繰り返して教えてくれました。彼女は毎日私の生活スケジュールを組んでくれて、日本の家庭生活の常識や規則をいろいろと教えてくれました。絹子お母さんは毎日とても忙しく、朝は暗いうちに起きて、私たちのために朝食やお弁当を作ってくれました。夕方私たちの帰宅が遅いと駅まで車で迎えに来てくれました。私が初めてお母さんと呼んだ時に、彼女が見せたあのたとえようのない喜びと興奮した様子は、一生忘れることができません。おじいさんとおばあさんは二人ともとてもかわいいお年寄りで、おばあさんはいつも私を誉めてくれました。私はおばあさんの愛情を感じとることができました。おばあさんの愛情は少しも取り繕ったところがありませんでした。おじいさんは感情をあまり表に出さない人でした。普段は私とあまり話をしませんでしたが、私が去る日に車に座って後ろを振り返ると、おじいさんが道に立って私が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていました。次女の衣里佳お姉さんは、毎日私においしい食べ物を作ってくれて、いつも笑顔で私を励ましてくれました。長女の沙矢香お姉さんは他県で仕事をしているので会った事はありませんが、心のこもった手紙を送ってくれて、思いやりに満ちていました。

二軒目は村上家でした。交流をするうえでは少々支障がありましたが、私が孤独で寂しくないようにと、雑誌や私が好きな英語版のアニメや劇映画を沢山買ってくれました。

私は二週間の日本の家庭生活体験で多くのことを学びました。最も忘れられない事は、やはり彼らの私に対する心遣いと思いやりです。私を家族の一員として扱ってくれました。

私はこの二つの家族が大好きです。北九州市が大好きです。福岡が大好きです

 
 
     

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