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『日本訪問のまとめ』 烏雲高娃
2007年2月1日から始まった日本訪問では、来日初日には東京で、安倍夫人が迎えてくれました。日本の浅野外務大臣や駐日中国大使館の公使を表敬訪問しました。主に中日交流です。きょうの面会を通じて、私は中日友好交流と、私たち中国高校生代表団のこの交流に対する大切さを知りました。私たちの役目は非常に重いものです。2月3日ボランティアに、東京で行きたかった場所を案内してもらいました。新宿と浅草に行ったあと、浅草から船に乗りお台場へ行き、海を見ました。きょうは主に日本の交通状況と東京の観光名所を理解しました。それに電車のチケットも買ったし、ボランティアの人と日本語で話しをして、日本語での会話を経験しました。
2月4日からホームステイ生活が始まりました。私が行ったのは、北海道の滝川西です。2週間のホームステイ生活では、たくさんのことを経験しました。まず日本人の習慣。例えば、日本人は毎晩入浴しますが、これは清潔のためというより仕事の疲れをいやすためです。日本人は家庭の主人、つまり父親を大事にするので、おいしいものはまず父親が食べ、お風呂にも一番先に入り、その次に子どもで、最後にやっと家庭の主婦の母親だと、聞いたことがあります。けれどホームステイで、これは以前のことだとわかりました。現在、日本人は一般的にはそうではありません。ホームステイした家族も、毎日私が一番先に入浴し、それから家族でした。これらはすべて家庭の主婦が決めます。二番目に日本の食事。日本人の食べる料理は、一般的に甘いです。このような料理を東北人は食べ慣れていません。特に、私はモンゴル肉飯に食べなれたモンゴル族の女の子です。けれど二週間の生活で少し慣れてきました。日本料理の作り方も学びました。三番目に日本の教育。私の感じでは、日本の学校はとても自由です。勉強する科目は多いのが、中国の一部の学校とは違います。日本の大部分の学校が修学旅行を実施します。このような活動で、生徒たちは自分で生活することを学べます。また課外活動の種類がかなり多くて、自分のすきなものを選べます。一部の学校では伝統文化の継承に力を入れていて、柔道や剣道を授業科目にしていました。周に一回か、必修です。滝川西高校の歓迎会と送別会は盛大なもので、用意した体験留学のプログラムの内容も豊富で、休みの日がありません。
学校の先生方の熱意と、私たち中国の高校生の重視が見てとれます。北海道に来た日も去る日も雪が降りました。モンゴル語では、白い色の中の行き来は縁起が良いといいます。2週間の留学生活を成功させてから、数多くの場所を見学しました。最も印象深いのは、広島平和記念公園です。この公園を見学して初めて、私は1945年8月6日の原子爆弾のことを知りました。
この時には約14万人の命が失われ、美しい広島もなくなりました。平和はどの人の願いでもあるけれど、広島の人たちは、このような痛ましいことを経験して、もっと深く平和の大切さを理解しました。世界平和のために、この悲劇を忘れないために、何もない広島に平和記念公園を作りました。ここにはたくさんの慰霊碑があり、ある詩人の碑には、彼の詩が刻まれています。
詩には、ちちをかえせ、ははをかえせ、こをかえせ、そして最後にへいわをかえせと書いてありました。詩はわからなくても、この詩がとても感動的なことは感じ取れます。話では、この詩は当時の最も有名な詩だそうです。広島に来て初めてこのことを知り、記念公園を見学して、知識も豊富になり、平和への考え方もとても深くなりました。
今回の訪問で私はたくさんのことを経験しました。以前耳で聞いたことと、今回自分の目で見たことは違います。日本は中国のように大きくはないけれど、その発展は驚くべきもので、特に発展途上の貴重なことがらにはびっくりしました。長いような短いような一ヶ月に、たくさんのことを学び、経験し、得るものがどんなに多かったことか。帰国したら経験したこと、学んだことのすべてを家族、学校の先生方やクラスメート、知り合いに話します。そして日本についての理解に役立ててもらいます。引き続き勉強に励み、日本留学をしたいと思います。
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| 烏雲高娃 |
年齢:18
出身地:内モンゴル自治区
日本での滞在先:北海道 |
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