心蓮心通信 ニュース

『日本での滞在生活の報告』 张煦


私はようやく「月日の経つのは抒(ひ)の如し」の意味するところを知りました。一ヶ月は相当長い時間ですが、しかし歓声と笑い声の中、日本滞在一ヶ月は、もうなんと終わりを迎えました。本当のところ、日本に来る前、歴史問題などの理由からこの国にあまり良い印象を持っていませんでした。日本文化には独特の特色があるとはいえ、ともかく私には何か奇異に感じられました。

しかし、この一ヶ月が過ぎてみると、非常にこの国が好きになりました。日本の景色は美しく、文化は魅力に満ち、社会は豊かで発展していて、食べ物は美味しく、日本製品は安価で品質に優れ、人々も親切で友好的で、謙虚で礼儀正しく、細かい所まで気がつき責任を負うなど、あらゆる点で私が以前考えていたものと大きく違い、ここに永久に滞在したいと思うほど、今は去り難い気持ちで一杯です。

今回の訪問では、多くの見学日程が組まれ、私自身の視野を広げることができました。日本の政府関係者にお会いしたり、外務省や国会を訪ねるなど、以前には全く考えられないことで、私が日本の政治にまさかこのように接近するとは思ってもみませんでした。江戸東京博物館や世界文化遺産の姫路城、金閣寺、二条城などの見学を通し、私は長い年月はぐくまれてきた日本独特の文化に深く魅せられました。

三木市地域防災センターでは、日本の危機意識管理や緊急対応システムの一端を見ることができました。

以前写真で見たことのある原爆ドームは、崩れた壁や柱に夕日が当たり、曾てのレンガ造りの外壁だけが元の場所にポツンと残り、人々に苦しみの有様を訴えかけ、私の心を強く揺さぶりました。また、広々とした琵琶湖の湖面に漂うさざ波は、私に去りがたい思いを抱かせました。まだまだ見学してない場所はたくさんありますが、一ヶ月の見学日程内容は豊富で、十分私を満足させるものでした。

中国に居るとき、日本の学校や高校生には前からあこがれていました。私は日本の高校生のあか抜けたきれいな制服が気に入り、また、学校の校舎や教室には驚かされました。何が日本の学生の資質を高め、競争意識をつけ、バランスのとれた能力アップを可能にしたか知りたいと思いました。体験留学はこの願いを達成させてくれました。二週間という短い期間でしたが、この二週間は私の最も忘れがたい学習経歴の一部となるでしょう。日本の学校は中国に比べ負担がかなり軽く、生徒たちには量が多く難しい宿題はありません。彼らは自分の多くの時間をいろいろなクラブ活動や課外トレーニングに当てています。彼らの言うには、本から得られる知識は勉強のほんの一部分に過ぎず、もっと重要なことは心と体のバランスの取れた発達であるとのことでした。教室では、学生たちはおしゃべりしたり笑ったり、とてもリラックスした雰囲気で、参加したばかりの私には慣れませんでしたが、しだいに私の学習態度も変わっていきました。これが日本の学校で受けた私の心理面における最も大きな影響です。もう二度とがむしゃらな本の虫にならず、今現在のことだけにとらわれないで、将来のバランスの取れた能力発達を目指し視野を広げようと思い始めました。日本で一緒に勉強した同級生や先生は非常に友好的で、言葉のハンディーから、意気投合するまでの付き合いにはなりませんでしたが、しかし、少なくとも私は心の扉を開いて、みんなと交わり、語り、笑ったことは永遠に忘れないでしょう。海を隔てた対岸には、一緒に勉強した同級生たちがいて、彼らと心と心を結ぶ交流をし、お互い理解しあいました。

絶対忘れることができないのは、ホームステイ先のお父さんお母さんです。私の心の中ではいつまでも血の繋がった家族です。ホームステイ先では私への配慮が行き届き、お母さんは全力投球で趣向を凝らして私のために美味しいご飯を用意し、生活のお世話をしてくださいました。お父さんは私を彼の研究所へ案内し、車で毎日学校へ送り迎え、姉妹は、私と一緒にピアノを弾き、遊びや見学に付き合ってくれました。家族で私をボーリングや高級日本料理店、NHK見学に連れて行ってくださり、また私にたくさんのお土産をプレゼントしてくださり、さらに日本社会の習慣や面白い話をたくさんしてくださいました。お母さんの英語はうまくありませんでしたが、私と何とかうまくコミュニケーションを取ろうと毎日辞書を持ち歩き、とても感動しました。私の袋が破れてしまった時、新しい濡れない袋を下さり、夜寝ていて寒く感じた時、部屋に厚い電気じゅうたんを敷いてくださいました。彼らは私に肉親のように接し、全く別の国から来たよそ者扱いをしませんでした。肉親に対する愛情と気遣いは世界のどんなところでも同じではないかと思いました。

来日する前、私は両親から「おくるみ」に包まれたような至れり尽くせりの世話を受けていたので、まったく実生活の経験がなく、社会に対しても認識や接触に欠け、社会の動向にも疎く、物を買うときも商品の情報に通じていないため、どれを選んでよいか分かりませんでした。私の自活能力は低く、しょっちゅう物をなくし、きちんと順序立てて生活できませんでした。

今回の日本訪問は、初めて父母のもとから離れる機会となり、また初めての海外旅行となりました。訪問は私の視野を広めたばかりでなく、私の成長にとっても、貴重な鍛錬の機会となりました。幾つもの苦労を乗り越え、自活というものがどういうものなのか、どのように街で買い物し、自分の好きな品物を選んだらよいのか、今、私はまさに学び始めました。また、社会で起きているたくさんのニュースを知りました。他の子供にとっては、これはとっくに習得しているはずの基本能力なはずですが、私の能力はまだ完全に開花していないため、実際実行するのは非常に難しいです。

私は周囲の人と交わり、友人と仲良くなることが大切だと分かりました。これも今回の訪問のもう一つの大きな収穫です。私にはたくさんの仲良しがいるので、自分の時間を少し使って、他の人のために考えてあげることも大切だとわかりました。

認めなければならないのは、日本は強大な資本主義経済大国で、日本社会の豊かさは中国に比べるとかなり高いということです。東京、大阪、広島で過ごした数日間の夜、私はは同級生たちと一緒にホテルを出て、街の中や商業地区を見て回りました。日本の発展繁栄と近代化には心ワクワクし、目が眩むほどで、日本の漫画、電気製品、衣料製品などの各種製品は、手に入れたいものばかりです。日本の発達した交通機関は、今まで経験したことのない便利さを感じさせ、日本の若者の最新流行のオシャレはまさに憧れの的です。もちろん最新のものには着いていけない物もありますが。

しかし、私が思うに、日本の国の発展状況は、政治、経済、文化、人々の生活レベルという大きな面だけに見られるものではなく、時に日本社会の小さな些細な面にも学ぶべき点がたくさんあります。

日本の自然環境は大変美しく、どこの都市へ行っても緑が多く、どこを見ても草木が生い茂り、緑豊かな森が有りました。日本のゴミ分別は非常に細かく決められ、ゴミの分別処理も非常に徹底しています。 また、日本人の危機意識は非常に高く、庶民の住宅や学校、旅館にかかわらず、またデパート、街角、店舗などの多くの場所には、消火栓や消化器が備え付けられ、火災に備えています。どの場所にも避難器具が用意され、避難用出口は明確に表示され、地震などの自然災害発生時には、最大限死傷者を減らせるよう配慮しています。また、テロ攻撃を防ぐため、日本の公共の場所には、テロリストがゴミ箱の中に爆弾を置かないよう出来るだけゴミ箱を撤去しています。

日本の全ての電線柱には、反射板が取り付けられ、車の電線柱に衝突する事故を出来るだけ少なくしています。日本人は非常に細かいところまで気配りし、みんなに合わせてりまとまろう意識が強く、いつも他人のために配慮しています。

デパートや地下鉄のエスカレーターでは、人々はいつも一方に寄り、片側を空け、急ぎの人が通りやすいようにし、エレベーターでも、多くの日本人は意識的にみんなの為にボタンを押し、乗っている人たちの乗り降りがスムーズに行くよう配慮しています。 まだまだたくさんのことがあります。このような小さな細かなことは、取るに足りないことと思われますが、しかし、実際これらの細かいことを実現するのは容易ではありません。

一国の繁栄と発展は、例え大きな分野だけうまく成功しても、それはまさしく大きな石の入った一本の瓶にすぎません。もしこの瓶の中に砂や水を加えてやれば、それは更にしっかりしたものになるはずです。

最後に、今回の訪日プロジェクトにおける、各関係部門と先生方が私たちに与えてくださった無私の援助に感謝いたします。今回のプロジェクトの成功のために、関係者の皆さんは多くの苦心と努力をされ、さぞ大変だったことでしょう。そのメンバーお一人お一人に感謝申し上げます。この一ヶ月に渡る日本での生活は、私の一生において忘れがたい経験となり、学び、感じ、交流し、体験し、遊んだことで、この一ヶ月ほど楽しかったことはありません。私の得ることが出来た全てのことに感謝し、日本という多彩で魅力に溢れたこの国に感謝申し上げます。


张煦
张煦
年齢:15
出身地:陜西省
日本での滞在先:茨城県

『日本での学校生活とホームステイ』


新年が始まって、ぼくたちのホームステイも終わりを告げました。二週間のうちにぼくが得たものは体験のほかに、日本という国に対する好感と親しみでした。正直なところ、日本に来るまで、この国に対してぼくが感じていた印象は確かによくありませんでしたが、日本に来てからは様々な面でぼくが思っていたのとは違うということを発見しました。

ぼくに多くの感慨を与えてくれたのは日本の学校です。日本の高校は授業時間があまり長くありません。学生の宿題や勉強の負担も中国の学生のように重くないので、学生は自分で自由にできる時間をより多く持つことができます。彼らはこのような時間を各種のクラブ活動に当てているので、日本の学生はみんな自分の得意技を身につけていることを発見しました。しかも、日本の学校は学生の身なりに対しても中国国内のように厳しくありません。学生はまさに今が青春ですので、自分の個性やはつらつとしたエネルギーを表現すべきだと思います。中国の学校は、この面で確かに日本を手本として変えていく必要があります。

日本のお父さんとお母さんはぼくにとても良くしてくれました。二週間の間に、ぼくをレストランに連れていってくれたり、さまざまな美味しい料理を作ってくれたりしました。さらに、商店街や昔からの街、NHK、ボーリング場、人形劇に連れて行ってくれました。ぼくは日本家庭の生活に慣れようと努力しました。ぼくは日本語が話せず、彼らもあまり英語を話せませんでしたが、ぼくともっと交流ができるようにと努力して勉強していることに気づき、とても感動しました。学校ではほとんどの学生が消極的でしたが、とても友好的でぼくをいろいろと助けてくれました。まとめると、二週間の期間は短くはありましたが、充実していてとても有意義でした。


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