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『留学生活のまとめ』 曾绮倩


日本に来て二十日あまり、あと数日で中国へ戻ります。今この一ヶ月余りの出来事を思い出すと、懐かしくなります。北京での数日間、多くの専門家たちが私たちのために講演して下さいました。お忙しい方々が、わざわざ時間を割いて下さったのですから、私たちは一生懸命耳を傾け、その数日間で重要なことをたくさん学びました。

四日間の北京滞在後、私たちは日本の東京へやって来ました。東京は想像していた通り高層ビルが建ち並び、夜景が美しい賑やかな大都会です。

日本はアジアで唯一の先進国として、その仕事効率も非常に高いです。この点については、地下通路で見て取ることが出来ました。ラッシュアワーの時間、地下通路は人で溢れかえり、まさに「肩が触れあい踵を踏む」の比喩がピッタリでした。人の波の中、ほとんどの日本人は小走りです。一方、中国では、通りを小走りに行く人はほとんど見かけません。これはたぶん第二次世界大戦後、名の知られていない小さな島国が、なぜ数十年で世界のトップに立つ大国になったかの理由でもあります。

日本での二日目、私たちは首相夫人にお会いすることができ、一層日本への親近感を増しました。こういう機会はめったにないので、私たち40人と先生方は大変感激しました。その日の午後、たくさんの記者やメディア関係者がやって来て、フラッシュの嵐の中パチパチ私たちの写真を撮りました。このような正式な場面に遭遇するのは、私の人生でも初めなので、実際感激して、午後じゅう心臓が飛び出さんばかりにドキドキと高鳴りました。引き続いては、二週間の体験留学でした。本当の気持ちを言えば、この内容を知った直後、私はひどく落ち込みました。というのも、団員たちと離ればなれになり、知り合いがいない所へ行かなければならないからです。また、言葉も通じないので、憂鬱な気分でした。

ところが、沖縄へ実際行って見ると、まるで気持ちが変わりました。私のホストファミリーは非常に良い人たちで、ユーモアに溢れ、学校の同級生ちも親切だったので、私の心配はいっぺんに消えて無くなりました。ホストファミリーのお父さんお母さんは、私の面倒を良く見て下さり、毎日一度は中国料理を作ってもてなしてくれました。また、私が沖縄の習慣に早く慣れるように、そして、リラックスして過ごせるようにと、食事の前の他人行儀な「遠慮しないで」の一言も省略してくれました。

沖縄は景色の大変美しい小島で、東京とは色々な面で大きく違い、東京ほどテンポが速くありません。そして、気候も温暖です。沖縄の人は目が大きいのが特徴です。沖縄には多くの文化があり、それらはみな中国から伝わったものです。

例えば三弦ですが、今回の体験留学中、私は人間国宝の先生に直接教えて頂きました。また沖縄では琉球舞踊も有名です。これはテンポが非常にゆっくりなので、難しくありませんが、最低でも一年以上は習う必要があります。ですから、私たちのたった一日、それも午前中だけの練習では、形だけしか学べませんでした。でも、とても楽しかったです。私自身の両親と別れる時は泣きませんでしたが、沖縄の人たちと別れるときは本当に名残惜しく、涙が止まりませんでした。

沖縄に別れを告げた後、たくさんの日本の名所旧跡や世界文化遺産を見学しました。それは私たちにとって本当に印象深い思い出となりました。

24日の宮島見学を最後に、全ての日程が終了しました。時間の過ぎるのは何と早いことでしょう。中国に戻った後、私たちには、また忙しい勉強がまっています。こんなに早く終わろうとは思ってもいませんでした。

今回の日本訪問では、日本の風習や文化を理解しただけでなく、たくさんの日本の高校生と知り合いになれました。将来きっとまた日本にやって来ます!


曾绮倩
曾绮倩
年齢:15
出身地:湖南省
日本での滞在先:沖縄県

『学校生活とホームステイ』


日本で過ごす一箇月のうちに二週間の留学生活が含まれると知った時は、特に嬉しいとは思いませんでした。というのは、皆と別れ別れになるからでした。その後で、知らない人の間で生活するのだと知って、さらに悲しい気持ちになりました。

沖縄での留学生活を特に楽しみにしていなかった私は、空港でホストファミリーに会った時も、心の中は寂しさでいっぱいでした。友達と離れ離れになってしまったからです。

車の中で、ホストファミリーにお昼を食べたかどうか尋ねると、皆はまだだと答えました。その時には二時をとっくに過ぎていたのに、これからお昼ご飯を食べに行くのだと聞いて、私はとても感動しました。そして、留学生活も、希望に満ちたものとなり始めました。

次の日には授業が始まり、学校へ向かう道ではとても緊張していました。でも、一年一組の教室に入った時に、緊張なんてよけいな心配だったことに気づきました。入っていくとすぐに皆が駆け寄ってきて私の名前を尋ね、それからプレゼントをくれました。こんなに親切にしてもらえるとは思ってもみなかったので、私は異国の地にいるのだということを忘れてしまうほどでした。

日本の教育制度は、中国とは大きく違っています。日本では一時間の授業は六十分で、授業の中でテーマを設定して自由にディスカッションすることができます。また、授業中に先生が説明する時間は特に短く、大部分の時間が学生自身による自習にあてられます。また日本では、体育の授業で柔道、剣道、持久走の中から一つを選ぶことができます。私は、柔道も剣道もやってみて、多くのことを学びました。先生は非常に辛抱強い態度で私たち、特に私たち数名にいろいろ教えてくれました。

ホストファミリーの家では、本当に楽しく過ごしました。皆とても親切で、私に対しても、自分の子供たちに対するのと同じように接してくれました。私の日本語は決して上手ではなかったけれど、いつでもお互いに相手の言いたいことがわかり、暗黙での意思疎通が十分にできました。さらに、私とホストファミリーの一人娘の誕生日が同じだとわかった時には、私も家族も、本当にびっくりしました。

楽しい時間の過ぎるのは、特に早いものです。二週間の日々は、あっという間に過ぎてしまいました。お別れの前にはクラスメートたちが次々とプレゼントをくれ、胸がいっぱいになりました。自宅を出るときには涙は出ませんでしたが、ホストファミリーの家を後にする時には涙が出ました。私は涙をこぼすまいと努力しましたが、やはり無理でした。大粒の涙がいくつも手に落ちて、そっと風に吹かれてひんやりとしました。ここでお別れしたら、次にいつ会えるかは本当にわからないけど、必ずまた帰って来たいと思っています。日本に、そして美しく温かい家――沖縄にまた帰ってきます。


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