心蓮心通信 ニュース

『感想と収穫』 周歳歳


いつのまにか日本の旅は終わろうとしています。この期間に、わたしたちが見たり知ったり、経験したことはたくさんあります。経験と知識を増やし、たくさんの仲の良い友だちをつくり、体や精神を大いに鍛えました。

最初の東京での数日は、日中はスケジュールがつまっていて、たくさんの場所を見学し、トップクラスの人に会いました。得がたい機会でした。夜の自由行動では、地下鉄や繁華街の夜景を経験し、テンポの速い人々の生活を感じました。

その後の2週間は各地に散って、当地の学校で日本の教育の仕方や、ホームステイで日本人の真実の生活を体験しました。学校では、先生やクラスメートがとても私たちのことを気にかけ、日本の文化を理解できるように、面白い活動をたくさん用意してくれました。そばやケーキやパン作り,茶道、生け花、太鼓など国内にはないカリキュラムを学びました。また放課後のクラブ活動にも参加でき、クラスメートたちと切磋琢磨しました。この学校には5人で来たので、毎日一緒の時間になると、それぞれが見たり聞いたりしたことを話し合いました。私たち5人の友情はだんだん深まり、楽しい時間を過ごしました。ホームステイ生活では、普段の日本人のことをたくさん学びました。とても打ち解けてくれ、親切で、自分の家にいるようでした。週末になると、家族の人たちに有名な場所に観光に連れてもらい、毎日の生活は楽しく充実していました。

お別れの前の夜に開いてくれた小さなパーティには、学校の先生やクラスメート、ホームステイした家族と一緒に貴重な一夜を過ごしました。私たちは乾杯し、順番に壇上に上がり感想を話し、記念写真をとり、プレゼントと連絡先を交換しました。パーティが終わっても別れがたく、みんなは涙がでました。

プラットフォームから電車に乗ると、窓の外にいる見送りの家族に向かい、手を振り別れを告げました。みんなの顔が涙でぬれています。この夏休みにまた来ることを約束しました。

2週間の学校生活が終わってからの毎日の道中はすごく大変で、疲れきり体のバランスを崩しそうでした。一日の大部分の時間が車の中でした。数日は、頭がぼおっとして体もちょっと具合が悪くなり、ベッドがほしいと思ったほどでした。だからチャンスがあったら、時間を惜しんで寝るようにしていました。

疲れたと言えば、同行の先生、お兄さんやお姉さんも、私たちよりきっとお疲れだと思います。細々としていろいろなことを解決しなければならなかったからです。けれど先生方は、すべてにわたって私たちのために考えてくれ、お世話くださったことに、感銘を受けました。団の劉先生のことを私たちは親しみを込めて、「劉おかあさん」と呼んでいます。それは先生が家族のように、いつも細かく注意し、全力で助け、代わりにたくさんの面倒なことを解決してくださったからです。

日本の旅は、私たちに成長の機会を与え、多くのことを理解させ、大きな収穫をもたらしました。


周歳歳
周歳歳
年齢:15
出身地:湖南省
日本での滞在先:島根県

『学校生活とホームステイ』


出雲農林高校で過ごした二週間のうちに、中国の高校ではないような授業を受けました。クラスメートと先生はとても熱心で親切だったし、ホームステイ先の家族も良い人だったので、まるで自分の家にいるのと同じくらい、自然な感じでいられました。

学校での授業はバラエティに富んでいて、毎日の活動がとても充実していました。私たちが行った学校は農業を中心にしており、植物、動物、環境保護と食品の四つのコースに分けられます。私たちは学校で茶道や活け花、またヨーグルトやパン、デザート作りなどを学びました。私たちは、どの授業も一生懸命に受けました。また、医薬品工場の見学や、実習などの時間もありました。中国の高校とは教育方針が大きく違っていて、予想していた通り、日本では実際に手を動かす実践的能力を培うことをより重視していました。理論的な部分もありましたが、相対的に見ると少なかったようです。

毎日、午後になって授業が終わると、学校には多くのいろいろなグループ活動がありました。私たちが一番よくしたのは体育館でのバドミントンで、地元の民族的な色合いが最も強く出ていたのは太鼓の練習でした。太鼓は伝統的な演目に属するもので、リズムが強烈で、力強さがあります。私たちが参加したのはほんの二時間程度でしたが、少しでも体験できたことに大変満足しました。学校生活を通じて、私は(中国とは)異なる教育プログラムを体験することができました。

ホームステイ先での生活は、それまで想像していたような緊張した生活とは全く違っていました。家族は私にとても親切にしてくれ、毎日、食事をしながらいろいろな話をしてくれました。何から何まで細かく気を配ってもらい、毎日学校が終わるたびに多かれ少なかれ疲労を感じていたのですが、家に帰って家族の温かい笑顔を見ると嬉しくなって、学校であった新鮮な出来事について皆に話しました。別れの日、電車の駅で私たちは皆、離れがたい思いでいっぱいになりました。強い、強い想いと、言葉にならない気持ちは、永遠に忘れることのできない思い出となりました。


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