My Opinion 心心相印

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坂中英徳

中国語オピニオンサイト「心心相印」開設挨拶 (小倉和夫 国際交流基金理事長)
日本と中国は、2000年以上の昔から、さまざまな形で繋がりを持ってきました。しかし、日本と中国を繋ぐ窓は、あるときは大きく開かれ、あるときは閉じられてもいました。

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中江 要介
日本人と中国人(中江要介 元中国大使)
このたび開かれたこの窓「心心相印」は、日本と中国、日本人と中国人を繋ぐ窓です。この窓に最初にヌーッと現れた日本人、それは中江要介と名乗る男です。私は1984年から1987年まで日本の特命全権大使として中国に在勤しました。その前にも1972年の日中国交正常化、1978年の日中平和友好条約締結の際にお手伝いをさせて戴きました。
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日本・法政大学教授 王敏
草花を愛する日本人の美意識(王敏 法政大学教授)
日本に住みだしてから、私は窓を開ける習慣がついた。開けたとたん、さっと外の風が入り込み、さっきまでのうっとおしい屋内がいっぺんにさわやかになる。マンションの13階の特権を十分に満喫できる瞬間である。
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坂中英徳
在日中国人の再発見(坂中英徳 前東京入国管理局長 外国人政策研究所所長)
「在日中国人問題の解決なくしては、人口減少時代の日本の外国人政策の展望を開くことはできない」という基本的認識に立って、在日中国人の全体像をつかみ、問題解決の方向を探ってみる。
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唐亜明
海によって作りだされた日本(唐亜明 作家/翻訳家)
日本は、海に囲まれ、守られ、海の恵みを受けて、海に生きる国だと、日本で暮らす月日がたつにつれて、この当たり前の事をつくづく感じている。中国にも長い海岸線があって、海に面している地域が多くあるが、四方を海に隔てられているような感覚はない。島でも、いろんな意味で大陸と繋がっている。一方、内陸部には海を目にする事のない人が大勢いる。北京出身のぼくでさえ、海とは憧憬のまとでしかなかった。
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中野良子
本当に美しい日中両国の未来を創造しよう(中野良子 女優)
中国の皆さん、こんにちは。お元気ですか。俳優の中野良子でございます。1979年の秋、映画祭を機に訪中して以来、早26年の歳月が経ちました。
初めて中国の大自然や人々の営みを、目のあたりにした時、まるで宇宙の別の星の来たかと思うほどの驚きでした。
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毛丹青
桜の樹の下で(毛丹青 作家)
松田先生は獣医で、東京で動物病院を構えている。遠くからは積み木を積み上げたように見える建物では童話のような色彩で、オレンジ色の壁の間に通路がある。通路はピンク色で、陽射しの無いときでも明るく、ときにはまぶしく感じることもあるほどだ。
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福原義春(資生堂名誉会長)
長城を訪ねる(福原義春 資生堂名誉会長)
一九八0年頃、私は国際部長として海外市場の開拓に当たっていた。たまたま友好商社の人を介して、北京市の第一軽工業局の担当部門から話し合いをしたいという意向が伝えられ、早速これに応じて北京に赴いた。
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孫東民
日本文化にみられる「中国への思い」についての管見(孫東民 人民日報支局長)
東京に駐在して、日本社会について報道することは確かに便利であるが、ただ東京にいて、その政界の動きや内政・外交を見ているだけでは、客観的に日本を観察していることにはならないことを痛感している。
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荒木由美子
中国との縁(荒木由美子 女優)
“排球女将”が二十数年前から中国で何度も放送され、多くの方に見ていただいたことを知ったのは、つい最近のことです。私がこのドラマの撮影をしていた時は20才前後。今から約25年前のことで、撮影中は特訓のシーンで顎をはずしたり、足を打撲したりと、大変な撮影でした。小鹿純子としての演技をしなければいけないし、バレーボールも頑張らなくてはいけなかったので、若い頃にしかできないドラマだったなぁと、今は懐かしく思い出されます。
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