中国潮流
大地震で知ったこと

 

※Bless Japan!

 
 

これだけ毎日中国のテレビを見るのは2008年の四川大地震以来のことかもしれない。地震発生以来、津波襲来、死亡者増加、物資不足、原発事故、余震と分刻みで事が推移する今回の東日本大震災。インターネットで見る日本のテレビ中継は回線の遅さくてどうにももどかしく、毎晩帰宅するとテレビをつけ、翌朝起きるとテレビをつけ、とにかく仕事そっちのけでテレビの特別番組にかじりつくという日々を送っている。1週間が経った現在でも深夜まで東日本大震災の特別番組が生中継で放送されており、上海の日本総領事館には連日多くの地元民が訪れ、1週間で約365万元(約5000万円)の義援金が集まったとか。日本人の同僚たちのもとにも中国人から家族を安否を気遣うメールが続々と届き、なかには銀行で窓口の行員に「bless Japan!(日本にご加護を)」という走り書きのメモを渡された人もいた。海外にいる日本人の多くはある意味、国内にいる日本人よりも本国への思いが強い。今回の大災害で計画停電や節電にも協力できずにもどかしい思いでいる私たちにとって、中国の人たちの温かい言葉は大きな慰めになった。事態はいまだ悪化の一途をたどっているが、今回の震災でこれまで知らなかった中国を見た気がしている。


ただ、一方でショックなこともあった。地震の数日後、街に出て日本の被災地の人たちに向けたメッセージをお願いしたところ、約40人中2人が「戦時中、中国は日本軍にひどい目に遭わされたから」と辞退。うちコンビニ勤務の50代の女性は「日本人に殺された家族の手前それはできない、許してほしい」と懇願した。通常ならこうした理由で取材を断られることはなく、かえって今回の大地震のすさまじさを思い知らされた。津波によって廃墟となった町は70年前の戦争を想起させるほどのインパクトがあったのだろう。


もう一つハッとさせられたものがある。テレビの中の日本人の姿だ。秩序正しく行動し、係員がいなくても整然と並ぶ。救助されたらまず謝る。親族の死を知っても泣き叫ばずに運命を受け入れる――。国を離れて10年になるとはいえ、曲がりなりにも日本人である私が見て驚異的なのだから、中国の人びとにとってこうした光景はもう一種の謎なのではないだろうか。買い占め現象などもあったとはいうが、それらを差し引いても災害時での日本人の強さを感じずにはいられない。遠ざかっていた日本、身近に感じていた中国。今回の地震は私にとって大切な二つの国と人のことをあらためて考えさせてくれたと思う。


変貌する上海を伝えたくてはじめたこの連載もこれで最終回である。上海の転がるような躍動感を伝えることができたのか疑問は残るものの、この連載を通じてさまざまなジャンルに興味を広げることができたことにとても感謝している。またどこかで皆さんにお会いできることを願って、再見!



かんばやしさなえ

■かんばやしさなえ


1978年生まれ、京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住10年目で、中国浙江省出身の夫と姑との3人暮らし。


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