心連心Essay


想い出の北京(2) ==== 市内に続く道 ====

想い出の北京 飛行場から市内へ通じる道は、夏だったので街路樹が大きく育ち、葉は生い茂り、空港に近くなると、木漏れ陽がキラキラとする中、丸で緑色のトンネルをくぐっているような場所があった。なんとも爽快で、来客を迎えに飛行場に行くのが、初夏から夏場に掛けての楽しみの一つになった。また、どの来客もその緑のトンネルには感動してくれた。しかし、一旦陽が落ちると、十字路の交差点を示す赤い電気以外には街灯がほとんどなく、車自身が発するライトの灯りだけが頼りの走行になった。それも前方をピカーーッと照らすヘッドライトはできる限り落として、小さな点灯しか許されていない感じだった。中国人運転手は慣れていたのだろうが、私はびっくり。最初はヘッドライトが故障かと思ったが、たまに出遭う対向車も光無し。よくそれで運転ができると感心しまくりだった。小さな農道からふいに自転車(これもライトは無し)が飛び出してきたときには避けきれないので、車はなるべく道路の中央部をスピードは落として走る。そしてまた、その同じ道を荷車を牽いた牛馬が、トコトコ、パカパカと歩いていた。それを避けながら、また対向車とぶつからないように運転するのはたいへんだろうが、乗っている私もドキドキものだった。後日、車を運転し始めた夫は、牛馬が牽いている荷車に高く山積みされている白菜や木材が何かの拍子に落下してこないとも限らない、それをも計算に入れて運転している、と半ば自慢気だった。夏の夜には、極くたまにある街灯の下に人が集まっていることがあった。たいていは数人がトランプに興じているようだった。後に、その灯りで、読書をしていたという人もいたことを知った。そして、この道は冬になると、街路樹の葉が悉く落ち、見晴らしがよくなった。冬場になって初めて飛行場に行った時には、えっ、こんなものが緑のトンネルの壁の向こう側にあったのかと新鮮な感覚に浸り、中国の大地の広がりも実感できた。しかし、同時に北京に赴任したのが初夏の緑滴る時期であってよかったと内心思ったものだった。
市内と飛行場をつなぐ道路はまだ完全には舗装されておらず、舗装されていたところでも、数メートル毎にある舗装の繋ぎ目のところを通過するたびにガッタン・ガッタンと同じ間をおいて座席に響くのが気になった。また、舗装されると牛や馬には歩きにくい道ということになるだろう、脇に専用の道を作るのがお互いのためになるのに、と思っていた。
念願のオリンピックを翌年に控えた昨今の北京国際飛行場模様は、その市内への道も含めて、すっかり変わっている。自動車族には便利になった。でも、昔のあの趣と季節感は消えた。




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