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| 想い出の北京(3) ==== ホテル住まい ==== |
![]() 当時の外国人向け住居というと、日本人について言えば、覚書貿易事務所時代から駐在していた関係者と数名の新聞記者等が三里屯、建国門外、斉家園の外国人向けの住宅 (外交人員公寓とか言いましたでしょうか) に住んでいたが、国交正常化とその翌年の大使館開設に伴っての急速な人員増加には対応できず、新着の者は皆、ホテル住まいを余儀なくされていた。 格式の高い北京飯店には、銃剣を手にした衛兵が二人、常時入り口に立っていて、そこには一等書記官以上、若い者は新僑飯店と概ね決まっていた。そして、私はと言えば、北京の中心からは随分離れた西の方にある友誼賓館というホテルに案内された。広い敷地に、屋根などに特徴のある荘重な建造物が1号楼、2号楼・・と幾棟か立ち並んでいた。香港などで見知っていたホテルのイメージは消えた。その友誼賓館も、各棟の階層はそう多くはないが、とにかく巨大な建物がドーーンとあるという印象を受けた。床高で、壁は分厚く、天井も高いので、中に入ると真夏の熱気も幾分かは遮断され、暑さが余り苦にならなかった。早朝には、スポーツ選手の姿を見かけた。当時はそういう大型代表団受け入れにも活用されているようだった。私はそこには三泊くらいしかしなかったので、多くのことは記せないが、それでも記憶に鮮明なのは、ベッドの高さだ。縁に腰掛けても、私の身長(脚の長さ?)では、つま先がやっと床に着くくらいだった。ベビーベッドのように手すりがあるわけではないので、夜中に寝惚けて落ちたら危ないな、いっそのこと床に寝ようかと逡巡したあげく、できるだけ壁側にくっついて寝ることにした。
また、当時北京で外国人が泊まれたホテルと言えば、上述のもの以外には、和平飯店と民族飯店くらいであった。 |