二胡奏者 中西桐子さん ファーストアルバム記念インタビュー

   弱冠18歳にして、数々のコンクール受賞経験を持つ二胡奏者、中西桐子さん。2007年には心連心の訪中団にも参加され、その開幕式でも二胡演奏を披露してくださいました。今回、特別に中西さんのご自宅の二胡練習ルームにてお話を聞かせていただくことができました。音楽を通し日本と中国の架け橋として活躍する彼女の素顔に迫ります!


心連心

二胡との出会いについて教えてください。


中西

父が海外に滞在している際に二胡という楽器に出会い、その後両親ともに習い始めました。そして私が6歳のとき、キッチンの机に母が置き忘れた二胡の楽譜を偶然見つけたんです。二胡の楽譜というのはとても特殊なのですが、なぜかその楽譜を見た瞬間にそのメロディが頭の中に思い浮かびました。ピアノを習っていて相対音感が優れていたのでしょうね。それがきっかけで私も二胡をやりたいと言いました。


心連心

自分から二胡を選ばれたんですね。


中西

はい、初めて父の二胡を触らせてもらった時は、演奏に集中しすぎて、よだれをたらしてしまいました(笑)その時は両親と同じことをやりたいという興味だけで始めたので、実際にやってみるとレッスンが厳しくて大変でしたね。

中西桐子さん

中西桐子さん

心連心

本格的に練習するようになったのは?


中西

中国人の先生に習うようになってからです。初めてお会いした時、二つ二胡を並べられて、趣味でやるならこっち、プロになるならこっちって。プロになるほうの二胡は値段が高かったのですが、母が高価なほうを選んでしまったんですよ(笑)その先生は日本語が流暢じゃない代わりに、とにかく演奏を真似しなさいという指導法だったのですが、最初のうちはそれが厳しくて仕方がなかったですね。


転機となったのは小学校6年生の時、中国の国際コンクールに参加したことです。中国に行ってみると、自分と中国の奏者たちとのレベルの差に驚きました。譜面の通りに演奏するだけではなく、中国の方たちはアップテンポのときは楽しそうに、悲しいメロディのときは険しい表情で演奏します。しかもそのレベルまで行くために過酷な練習を積んでいるんですね。私は負けず嫌いなので悔しくて、自分もこういう演奏ができるようになりたいと思いました。


心連心

そこがターニングポイントだったのですね。


中西

そこから猛特訓を続けて、2年後の北京市のコンクール青少年の部で1位をとったことが自信につながりました。その後もコンクールがある度に、中国に飛んでいましたね。今では最高難度の10級レベルの曲にチャレンジできるようになりました。でも10級の曲となると半音がたくさん使われているなど難度が高く、例えばコンサートでも弾いた天山風情という曲は、弾きこなすまで2年くらいかかったんですよ。


インタビュー、2ページ目へ続く

  


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