コラム・エッセー > 作家李鋭氏インタビュー
李・・・李鋭氏、日・・・日中交流センター
日
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作家になったきっかけと当初の想いについてお聞かせ下さい。
李
私が作家になったきっかけは、その当時活路を見出せなかったからです。文化大革命の当時、私たち家族は政治的に問題のある所謂“黒五類”、“階級の敵”に分類されていました。私たち北京の知識青年は呂梁山へ生産隊として送り込まれましたが、その二、三年後にはある者は軍に入隊し、ある者は大学へ入学し、またある者は仕事を割り当てられたりしていましたので、以前の“一生山間部で暮らす”という革命スローガンはうわべだけのものになったのだと、皆農村や山間部から離れられるのを待ちわびていました。しかし私たち“悪い出身”に属する仲間らはそういった機会からは排除され、本当に一生農民として農業をしていくことになる可能性がありました。そういった状況の中で、私は執筆活動を始めたのです。ただ単純に書くことによって自分という人間が他人より劣っているということはないと証明したかった、つまり一種の不屈、反抗の精神からで、本当に作家になれるとは思っていませんでした。
社会(そこで生活する人々)との相互作用という観点から、作家/小説家というのはどのような存在だと思われますか? またどういう役割を果たすべきだとお考えですか?
作家、小説家といってもまずは一人の人間であり、普通の人と何ら変わりはありませんし、特権を持っているわけでも特別な存在でもありません。ただ違うのは、他の方は一日の生活を送ればそこで終わりですが、小説家は生活での体験を物語にしたり、本当にあった出来事を虚構の存在へと作り変えたりします。つまり文学とは人が文字を使って生命の体験や想像力を記録するという一種の本能であり、良い作家というのはその本能を最高の域に高められる人のことだと思います。そういった役割は多くの人々の前で話をする講談師に似ているかもしれませんね。時代や歴史が移り変わっても、人々が虚構の中に自分や他人を見出したいという好奇心や本能はずっと存在し続けると思います。
お仕事お忙しいと思いますが、どのように気持ちを切り替えたり、リラックスしたりしていますか?
とりあえず書くこと以外のことをします。外に出てぶらぶらしたり。実際、本の外の世界は広くて得ることが沢山あります。作家になるということは、そういう広い世界から本の中の小さな世界へ移るということですからね。ずっと書斎に閉じこもっていたらカタツムリになってしまいますよ。
もうすぐ成人し、親元を離れて社会に出て行こうとしている若者たちへ何か一言お願いします。
人それぞれ色んな事がありますが、誰も代わってはくれません。自分に自信を持って下さい。
(2009,2,12)
■ プロフィール 李鋭
1950年9月、北京生まれ。文化大革命中の1969年に山西省呂梁山区に下放され、6年間を寒村で過ごす。74年から小説を発表しはじめ、文革中の庶民の厳しい生活を描く傷痕文学の作家として国内外から注目を集めた。1984年、遼寧大学中文科を卒業。2004年3月、フランス政府から芸術文学騎士勲章を授与された。現代の中国文壇で「ノーベル文学賞に最も近い」とされる作家である。
代表作・・・「厚土」、「銀城故事」、「無風之樹」、「太平風物」など。