中国を見る、読む、集める


糧票その二

中国を見る、読む、集める糧票のお話を続けたい。

 前回図版にした上海市の糧票の裏には、「この票によって、本市の範囲内で、糧食あるいは糧食製品を購入することができる」と書かれている。正確に言えば、糧票がなければ食糧を入手できない定めになっていた。

 現在でこそ、食糧は自由に商店で買えるが、昔は、定量の配給制になっていて、購入するためには、居民委員会や、所属する単位から支給される「糧票」が必要だった。対象になったのは、面粉や米などの主食だけではなく、時期によっては、油や豆、卵、さらには、肉や菓子(糕点)などについても、「票」が発行された。

 図版の糧票は、タテ二・五センチ、ヨコ七センチのちっぽけな紙切れだ。後になって私が集めた何種類かの糧票も、同じくらいの大きさだが、前回書いたように、これがなくては暮らせないほどの意味を、人々の日常生活に持っていた。

 計画経済のもとでは、食料統制のために配給クーポンが発行されるのは普通のことで、日本でも、米の配給制度が機能していた時代には、配給の台帳である「米穀通帳」や、外食券(建て前としてはこれがなければ外で食事ができなかった)があって、日常生活に不可欠だったそうだ。もちろん、筆者の世代では、もう使われている現場を知らないが、形式的にはかなり最近まで米穀通帳の制度は残っていたはずだ。

 しかし、よく考えてみると、この糧票は七二年のものなのに、なぜ八六年に道に落ちていたのだろう。配給切符である限り、期間に限定があるはずだ。誰かが使わずにいた糧票を棄てたのだろうか。原稿を書きながら思い出してみると、この八六年の旅行の時には、農貿市場で包子の買い食いなどをしているが、別に糧票は必要ではなかった。

糧票が無ければ値段が高くなることはあったような記憶があるが。糧票の機能が、すでに後退していたのだろうか。とすると、北京市で九三年に制度が廃止されたといっても、実質的にはもっと早く姿を消していたのかもしれない。そのあたりのことは、私はよく知らない。どなたか詳しい方にお教えいただければと思う。

 さて、その歴史を終えた糧票は、現在ではコレクションの対象となり、前回に書いたように、昔の月壇、今の馬甸橋の切手市場に行けばたくさん売っているし、相場も立っているようだ。私も、面白半分と友人へのお土産に何種類か買ったことがある。いろいろ研究書が出ているし、専門の雑誌もあるという。

 一つ、疑問として残ったのが、参考にした本に収められた糧票の図版のほとんどに「様票」と加刷されているのがなぜなのか、ということだ。日本では、偽造や不正使用を防ぐために、切手や紙幣の本では、カラー図版の隅に斜線を印刷する。これも、そのような目的で糧票の図版にわざわざ上から「様票」といれた、というのでもなさそうだ。

 私が以前に月壇で何種類か買った糧票にも、やはり「様票」とある。本来消耗的性格が強いものだから、現物はほとんど残っておらず、役所などに残っていた「様票」が市場に出てきているのだろうか。それとも、コレクター用に、新たに作ったものなのだろうか。というのも、市場で見かける票は、どれも今できましたというような新品で、何種類かが綴じてあるのだ。素直に考えれば、関係機関に見本として配るためのものと考えられるのだが、このことについても、読者の中に詳しい方がいらっしゃったら、お教えいただきたい。

 前回と今回、糧票について書くための基礎知識を仕入れたネタ本は、『北京糧票簡史』(白少川著、煤炭工業出版社、二〇〇〇年)だが、糧票のカラー図版がたくさん入ったきれいな本で、定価一五元はお買い得だ。図版はその表紙。


森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。中国近世の社会・文化を専攻する。
趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。


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