この連載の一回目にも書いたように、身辺の事情で、北京へ、というより海外へ出かけるのが難しくなってから、一年以上の時間が経った。当然のことながら、中国関係の「モノ集め」は思うようにならない。日本で手に入る物はともかく、手に入らない物が多いから、本当に困る。しかし、捨てる神あれば、拾う神あり、事情を哀れんでくださった皆さんが、おりにふれて、いろいろな物を譲ってくださったり、お土産にと分けてくださる。そのおかげで、細々ながらも、「集める」も続けることができている。
そして、この夏も、嬉しいいただき物が続いた。
まずは、前回まで取りあげていた糧票。北京に住んでおられる友人が、そんなに興味があるならと、以前にお友達からプレゼントされた糧票の一部を送ってくださった。図版は、その一部分なのだが、全体は、タテ一八枚、ヨコ五枚の、切手で言えばシートの状態になっている。この糧票をよく見ると、一九九三年五月と書かれている。先月号に書いたように、この月に北京市の糧票は廃止されたから、これが北京市最後の糧票になる。元の持ち主の方は、結局使わなかったので、記念にとっておいたと聞いた。
ところで、このシートが本来の姿だとすると、古物市場に出てくる何種類かセットになった糧票はやはり役所や商店用の見本帳なのだろう。糧票については、わからないこと、知りたいことは、まだまだ多い。これからの収集のテーマになりそうだ。
さて、糧票の次は何の話にしようかと思っていたら、いちばん好きな地図のいただき物が続いた。日本でも中国の都市地図は売っていないわけではないが、種類が少ないので、地図の収集は、自分で仕入れに行かない限り、在住の方や旅行された皆さんの好意に頼るしかない。
まず、同僚のご夫君から、旅行先の四川、雲南の都市図を何枚かいただいた。また、江南では、南通、宜興、上海などの地図をくださった方もある。南通は父が戦前に長期滞在したことがあり、いずれは訪れねばならないと思っているので、とくにうれしかった。地図を持っている都市の数を増やすことへのこだわりは、以前ほどではないが、それでもこれまで持っていなかった都市の地図が手に入るのは楽しい。
そして、北京の地図。私の一番のこだわりが北京の地図だということは、どこへ行っても言っているから、いろいろな方から北京の地図がいただけた。いちばんこだわっている「北京旅遊交通図」(地質出版社)の版違いが手に入ったし、今のところ一番よくできた北京地図だと思っている、『二一世紀北京生活地図冊』(中国地図出版社)のライバル本という感じの、『北京市生活交通図冊』(人民交通出版社)を送ってくださった方もいる。
そして、夏休みに中国旅行に出かけた学生から、紙銭をたくさんお土産にもらった。紙銭にもここで書きたい材料がある。そのうちでも気になったのが、人民銀行券の紙銭だ。本物のお札をコピーして神様の肖像に変えている。人民元の紙銭ははじめて見たが、いつ頃から出現したのだろう。元が強くなった証拠と言える。
その他、やはり力をいれて集めている、明治時代の日本人の旅行記でもいただき物があり、今年の夏はほんとうに豊作だった。皆さんのご好意で、当分の間、この連載の材料には困る心配はなさそうだ。
今回は個人的なお話で終ってしまって申しわけないが、トコトコに移ってからこのコラムを読んでくださるようになった皆さんが、私がどんな方面に興味があるかを知っていただけたら、ありがたい。とりあえずは、最近の北京の地図で見付けたあれこれを、来月からのテーマにしたいと思っている。
森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。中国近世の社会・文化を専攻する。
趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。