まず、図版の二枚の地図を見比べていただきたい。場所は、地鉄の苹果園
のあたりだが、ご覧のように、下の地図の方が、西にずれている。この二枚の地図は、地質出版社が出している『北京旅遊交通図』の、上が、二〇〇一年一月に出た「修訂八版」、下が、「修訂八版第二次印刷」で、五月に出ている。
北京にかぎらず、中国のどこの街にも、「交通遊覧図」とか、「旅遊交通図」とか名前のつけられた一枚物の地図があって、みなさんにもおなじみだろうが、この「交通遊覧図」の類を集めるのが、私の地図集めの中でも中心になっている。北京は首都だけに、たくさんの種類が出ているので集めがいがあって、九九年には、版違いを含めると九種類一四枚の地図を手に入れた。自分で歩いて集めないと小回りがきかないので、中国へ行っていない去年と今年は減ったが、それでも三、四種類ずつは集まっている。
最近のように街の変化が激しいと、地図はひんぱんに改訂されないと、役に立たなくなる。以前は年に一回ぐらいだったのだが、最近は数ヶ月に一回くらいのペースになっている。したがって、版違いの数も増える。コレクションとしては楽しみが増える一方で、ついていくのがたいへんだ。こうした版違いの地図を見比べていると、時々おもしろい発見がある。
今回、この二つを見比べていて気が付いたのが、最初に書いた、一月の地図と五月の地図とで、西の端が違うことだった。ついでに書けば、東の端は一月の方が広い。つまり、二つの地図に載せられている範囲が、微妙に東西にずれている。これはヘンだ。
中国の地図や本には、著者名や出版社名の他、出版の日付や印刷部数が必ず記入されている。例えば、五月に出版された方の地図であれば、「二〇〇一年北京修訂第八版・二〇〇一年五月河北第二次印刷」と書いてある。私は、「版」が内容の改訂、「次」は、増刷をさすものと思っていた。つまり、今回の地図であれば、〇一年の一月に内容を大きく改訂した八版が出版され、五月にそれが増し刷りされたと、理解していたのだ。だから、二つの地図の内容には大きな差が無いはずだった。
私はこうした地図の製作方法を、このように考えていた。まず、道路や街区の形、地形などを書いたベースマップが作られ、その上に、地名や施設、バス路線などの情報が重ね刷りされて地図になる。地図の上に重ねられた情報の改訂は、ままおこなわれるが、ベースはそのままなのが普通で、同じベースマップで、道路名やバス路線だけを修正した地図が何年もの間出版されていた例は、たくさんある。
地図を下図から作り直すのはたいへんに手間がかかり、そうそうできることではないから、数ヶ月で新規に作図するとは考えられない。それに、出版事項の欄には、印刷次数だけで、「修訂」とも、「新版」とも書かれていない。にもかかわらず、二つの地図は下図からして違うことになる。これはいったいどういうことなのだろうか。私の、版や次についての理解が誤っているのだろうか。
一応の説明としては、もっと広い範囲をカバーしたベースマップがあって、そこから切りとって下図を作る際にずれてしまった、という考え方ができないこともないのだが、正しいかどうかはわからない。もしそのあたりにお住まいの方が読者にいらっしゃれば失礼になるが、そんな北京も端っこのことはどうでもよかったのだろうか。
なにかご存知の方がいらっしゃれば、ぜひお教えいただきたい。
森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。中国近世の社会・文化を専攻する。
趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。