今年の夏の最大の収穫は人民元の紙銭を手入れたことだ、とはしゃいでみても、なんのことか、なんで喜んでいるのか、わかっていただけない方が多いだろう。しかし、これは、私にとってはたいへんうれしいことだった。
中国の昔の本を読むのが仕事だし、それなりに読みこなすこともできるとは思う。しかし、具体的なモノにかかわる内容になると、それ自体を知らないとどうしようもない。動物や植物などもそうだが、人々の日常の暮しにかかわるモロモロも、やはり家で本を読んでいただけではわからない。これは、日本人が中国の本を読むときの昔からの課題で、江戸時代以来、中華風俗の図譜などがたくさん作られている。しかし、実物に接するのが一番だ。
私の関心の対象の一つが民間信仰だから、はじめて台湾へ行った時に、たくさんある廟の中で使われている宗教関係の品物を見て、これまで本の中でしか知らなかった世界が目の前に出現したのに感動して、いろいろと買い集めて帰った。その後も旅行するたびに、神様関係の物を買っている。もともとが、文字好き、印刷物好きだから、そちらが中心で、とくに、門神や年画、それに紙銭に関心が向いた。
中国に暮らしておられれば、なにかの機会に紙銭を目にされたことはおありだろうが、トコトコで紙銭のことを書くのははじめてなので、少し説明しておこう。
紙銭は、冥銭、冥幣とも言い、文字通り紙でできたお金の模造品で、死者を祀ったり、神様に願い事をしたりする時に、これを燃やすとその煙があの世に届いて死者や神様のお金になるのだという。もともと、死者を葬るのに、銭を一緒に埋めていたのが、紙でできた模造品に変わったもので、唐代にはすでにあったと文献にある。現在使われているものは、銭の形よりも、紙幣の模造品の方が多い。また、金色や銀色の箔を上に貼ったもの(「金紙」、「銀紙」という)や、神様の姿を印刷したものなど、用途によっていろいろなものがある。
やがて、中国へも旅行の回数が増えてきたが、八十年代には、紙銭はほとんど見かけなかったように思う。覚えているのは、上海の豫園の城隍廟が外賓用の売店になっていて、できのよくない銀紙を、ずいぶん高い値段で売っていたことくらいだ。しかし、少しずつ、民間信仰が復活してくると、紙銭もお寺や廟の前の露店などで売られるようになりはじめた。
とは言っても、売られているのは、香港や台湾の紙銭の粗雑な模造品ばかりで印刷もひどかった。いずれ書こうと思っているのだが、現在でも、紙銭を燃やすことは、禁止されているか、少なくとも奨励はされない行為だし、まして、製造販売は表だってできることではないから、言い方はヘンだが、本格的な紙銭を作るというわけにも、なかなかいかないのだろうと思っていた。
ところが、この夏に中国旅行をした受講生の一人が、筆者の紙銭好きを知っていて、あちこちで紙銭を買い集めてきてくれた中に、人民銀行券の紙銭があった。それが、今回の図版にしたものだが、一目見ればわかるように、人民元をそのままスキャンして、中央の肖像や銀行の名前だけを入れ替えている。これが、百元、五十元、十元、五元とそろっている。昔から紙銭の額面は、下の図の紙銭のように何億といった巨額なのが普通だが、今回の紙銭は現実の紙幣と同額なのもおもしろい。
この紙銭がどこで作られたものかは、もちろんわからないが、人民銀行券のスキャンという作り方に、時代を感じるとともに、あの世でも人民銀行券が流通するという自信を中国の人々が持つようになったのかと、不思議な感動を覚えたのだった。
森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。中国近世の社会・文化を専攻する。
趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。