中国を見る、読む、集める


唱本一四八冊

中国を見る、読む、集める 大衆芸能の台本148冊


 日本にいても、中国の資料、とくに民国時代の資料を集める機会は、しばしばある。先日も、東京の古書市の目録に、「中文通俗読物 一四八冊」とあるのが、目にとまった。ふだんならたいして気に止めないのだが、「太鼓詞」という注記があるのに気がついた。ちょっといい値段がついていたので、バクチかなとも思ったが、冊数も多いことだし、思いきって注文したら、ほかに競争相手も無かったのだろうか、先日荷物が届いた。


 開いてみると、同じ体裁の民国年間の唱本が、一四八冊でてきた。表紙が違うものは数冊だけで、かなりの本には「北平中華印刷局」と表紙にある。この種の本は、北京でも日本でも古書店で見かけることはあるが、これだけ冊数がまとまっているのはそうないのではと思う。それで、予定を変更してこの唱本について書いてみることにした。表紙を図版にしたので、まず見ていただきたい。


 本が届いたのが締切の数日前なので、まだ充分に調べはついていないのだが、表紙に書かれているタイトルを手がかりに、この一四八冊を整理してみると、

  鼓詞 一九
梆子  一五
蓮花落
嘣嘣戯 
評書
芝居 六三
その他語り物 二二
手品など
燈謎
笑い話などの読み物

となった。


 なにせ中国の芸能については素人なので、蓮花落だ、嘣嘣戯だ、梆子だと言われても、名前くらいは知っていても、区別がつかない。とりあえず芝居に分類したものも、いわゆる京劇なのかどうか、私にはわからない。参考書に目を通すことからはじめた。


 百科事典の類はさておき、北京の芸能については、澤田瑞穂著の『中国の庶民文芸』(東方書店、一九八六)がある。有難いことに、この本には、作品名から引ける索引が完備しているので、買った本の一部をつき合わせてみると「語り物」に分類した中には、「数え歌形式の俗謡」として紹介されている、四季調、五更調、十二月調などの類の唱本が含まれていることがわかったし、同じ本の「太鼓書私録」に掲載のものに一致する書物もけっこうあった。表紙に「鼓詞」と無くても、太鼓のものがあるようだ。


 もっとも、澤田氏が紹介されているのは、清朝時代の木版本が中心で、今回私が買ったような品下った鉛印本ではない。澤田コレクションの多くは、早稲田大学に所蔵されていて、最近では目録も出ているが、この中華印刷局のものは見当たらない。


 調べかけてまず気がついたのは、東大の東洋文化研究所の漢籍目録に、雙紅堂文庫、すなわち長澤規矩也氏の旧蔵書として、「唱本 六百五十二冊 北平中華印刷局排印本」とあることだ。長澤氏は漢籍書誌学の大家として有名だが、北京留学時代にはこの方面にこって、鼓詞は師匠について習ったと、書いておられる。さすがに漢籍収集の第一人者で、私の買物ごときでは、とても勝負にならない。喜んでいた気持ちが、ちょっとへこんだ。また、おなじく東洋文化研究所の倉石文庫(倉石武四郎旧蔵)にも、一七〇冊ほどある(倉石文庫漢籍分類目録集部)。


 今のところは、とりかかったばかりで、わかったことはこんなところだ。村上知行著『北京(名勝と風俗)』(北京 東亜公司、一九二四)や、長澤規矩也著『現代北支那の見世物』(東亜研究講座三一 一九三〇)に、こうした芸能の風景が描写されているので、こういったあたりから読みはじめようと思っている。次回までには、もう少しはわかっているだろうから、できればこのコラムでご報告したい。


森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。中国近世の社会・文化を専攻する。
趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。


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