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| 唱本一四八冊(続き) |
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今回買った唱本には奥付はないので、いつ刊行されたのかは正確にはわからない。ただし、前回にも書いたように、かなりの冊数の本の表紙に、楊梅竹斜街中華印刷局と書かれている。それ以外の版元の名前が入った本はない。本の最後に付いている広告を見ると、宗教関係の本も、中華印刷局は出していたようだ。 楊梅竹斜街は、大柵欄から琉璃厰へ抜ける胡同で、名前は変わっていないから、お読みのみなさんも通られることがあるのではないだろうか。戦前には出版社や書店が並ぶ街で、今でも台湾で営業している、世界書局、開明書店などの出版社もここにあった。それに、八大胡同のすぐ近くだから、芝居や俗謡の出版所の所在地にはふさわしい。 さて、唱本に載っている語り物を読もうとは試みるのだが、使われている言葉には俗語が多いし、なかなか読めない。時々開いては、文字を追いかけているだけだ。ありがたいことに、澤田瑞穂さんの『中国の庶民文芸』には、たくさんの演目の内容が紹介されているので、それを頼りにながめている。そんな中で目にとまったものに、少しだけ触れておきたい。 八大胡同と言えば、今回買った本のなかにも、妓女をテーマにしたものが何冊かあった。妓女をテーマにした俗謡についても、すでに澤田さんが紹介しておられる。「売油郎独占花魁」のように、ハッピーエンドもないわけではないが、「妓女悲秋」とか、「嘆青楼」といったタイトルからもわかるように、妓女暮しの嘆きを歌うものが多い。そういえば、ほとんどの本の表紙には写真が使われているが、舞台面だけではなく、八大胡同の女性の扮装ではないかと思わせるものも多い。 また、これらの唱本が出版されたのは民国時代だから、昔ながらの演目だけではなく、当世風のものも含まれている。今回の図版にした本には、「馬車娶媳婦」、「吗啡針自嘆」の二つが入っている。前の「馬車で嫁取り」というタイトルは、昔なら轎子(花嫁用のこし)で嫁取りしたのが、当節では四輪の馬車で嫁取りをする、という意味で、息子の嫁取りとその後を、当世風俗を読みこんだドタバタにしている。読み出しには、「民国不講尊卑、異事出的真多、改良維新甚是好」とあり、さまざまな当世風俗、たとえば、電車、洋車、剪髪堂、腕時計などが登場する。もう一つは、字を見てもおわかりのように、モルヒネで身を持ち崩した人の話だ。 私は専門家ではないから、さっきも書いたように、これらの本を学問的に利用できるだけの力はない。いろんな書物に出てくる中国の大衆芸能を、本を通じて見ることができるという楽しみどまりなので、なにかいい活用方法はないかと思案中だ。もっとも、私が中国にかかわるあれこれを集めるのは、文献に見える事例を実物で見たいというのが第一だから、その点では、十分に目的ははたしたとも言えるのだが。 こんな次第で、こねくり回して楽しんでいるのは、まだ百数十冊の何分の一だ。商品として見たら、どのくらいの値打ちがあるかはわからないが、払ったお金は、送料を入れても、一冊にすれば三百円ちょっと、北京の古物市場でも、当節では一冊二十元では買えないだろうから、まあそんなに高い買物ではなかっただろうと考えている。とりあえずあれこれ調べて楽しめたし、このコラムのネタにもなったから、損はしていない。 少なくとも七十年は経っていると思われる本だし、紙も安物だから、それなりに焼けてはいるが、ほとんどの本は破れはもとより、疲れもない。よほどちゃんと保管されていたようだ。この本はどんな方が持っておられたのだろう。
森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。中国近世の社会・文化を専攻する。 趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。 |