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| 明天啓刊本『武備志』 |
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掘出し物は、たんに金額だけではなく、その珍しさや発見の経緯の意外性などが重なり合って、掘出し物となるのだと思う。中国の古い本など出そうにない露店の古書市で民国期の珍本を見つけたとか、およそ値段の付け間違えなどなさそうな専門店で安い値段で珍本を見つけたとかそういった場合に、掘出し物と呼べるのだろう。 とすれば、先号で紹介した「増廣海上名花月影大観」などは、上下揃っていないのが惜しまれるが、私にとっては自慢できる立派な掘出し物だ。しかし、世間の人にわかってもらえるかどうか。 この秋に、たまたま多くの方に納得してもらえそうな、掘出し物をした。それが、今回のタイトルにした『明天啓刊本武備志』という本で、全五十冊が揃っている。 「武備志」は、明の茅元儀という人が、外敵の圧力を受けていた当時の明朝の状況を背景に、古今の文献を参照して編んだ兵書で、全二四〇巻という大著である。序文によれば、明の天啓元年(一六二一)に完成したようだ。日本で言えば、徳川家康の政権が確立した時期にあたる。この本は明代史の史料としてよく知られているが、書物としての魅力は各所にちりばめられている挿絵にある。武器武具武術の類をはじめ、地図や陣形などかなりの枚数におよび明代の木版画としても価値が高い。一枚だけだが図版にしてみた。 やがて、清朝が中国を支配するようになるとこの本は禁書となるが、かなりの数が日本に入っていたようで、昔からの図書館には所蔵されているようだ。その点では、天下の珍本というわけではないが、貴重書に指定している図書館も多い。 さて、『武備志』を購入した価格は新幹線で東京ー京都を往復できるくらいのものだった。こう言ってはなんだが、明代の有名な絵入り本の五十冊揃いだから、これが掘出し物なのは、どなたにも納得していただけるだろう。後日、古くからの知り合いの中国書専門店のご主人にこの本の話をしたら、十倍をこえる金額ですぐに買うと言われた。私は手放す気もないので、「もし僕の方が先に死んだら、おたくに売る」と約束しておいた。二人は同世代だが、さて、どうなることだろう。 もっとも、この本は本当に掘出し物なのかという疑問も、その一方である。金額から言えば間違いないだろう。彼のつけた値段は少し安いかもしれないくらいだ。しかし商品として見て、どうなのだろうとも思う。確かにこの本は有名な本だが、『中国兵書集成』の一つとして影印されているし、江戸時代に日本で翻刻された本の影印本もある。つまり、読もうと思えばいつでも読める。この本の市場価格はたしかに高額だが、唐本の人気が衰え、かさの高い本の置き場にみんなが困っている昨今、本当にこの本はこちらが期待するような商品価値を持っているのだろうか。 何年先のことかわからないが、この本を私が手放す時には、中国へ帰っていくような気がしている。その時代その時代で、国際的な経済力の強い国に文物は集まっていくし、中国の古い書物を最も適切に評価し、購買する力を持つのは、やはり中国の市場だと思うからだ
森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。中国近世の社会・文化を専攻する。 趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。 |