
![]()
![]() |
| 『大柵欄街道志』 |
|
こうした「志」は、なにせ、発行元がお役所だし、つい先だってまでは内部発行のものも多かったから、なかなか集めにくい。また、広い中国のこととて、全体でどのくらい出ているかも、掌握するのが難しかったが、最近いろいろと目録が出はじめて、やっとその全体像が見えてきたところだ。この頃では、日本の中国書専門店も熱心に輸入していて、集めている図書館も増えてきた。 もっとも、中国の「志」は、日本の市町村史とは違って、現状を記すという色合いが強いので、歴史屋としては、使える部分はそんなに多くはないから、曲阜のようなよほど研究に直結している場所以外は集めずにいる。ただし、北京だけはと思って、本屋の目録などでも注意している。 北京では、完結すれば百冊以上になるはずの『北京市志』が現在刊行中だが、これはちょっと個人では買えない。その他に各区や県でも「志」が編纂されているのだが、刊行を確認し、入手できたのは、西城区や房山区など一部だけだ。 今回紹介しようと思う、昨年秋に入手した本は、そうした「志」のうちでちょっと珍しいものを、日本の輸入業者の目録で見つけたものだ。本の名前は、『大柵欄街道志』という。私よりもお読みの皆さんの方がお詳しいだろうが、区の下には「街道」があり、街道弁事処が置かれている。 大柵欄は今さら説明する必要もないが、前門外の昔からの繁華街、商業地区で、行政区画としての「大柵欄街道」は、宣武区の下に属し、東は前門大街、西は南新華街、北は前門西大街、南は珠市口西大街に囲まれた地域を管轄する。 北京市内には、旧城内だけでもずいぶんな数の街道があり、その「街道志」を全部集めるなんていうことは、とてもできることではない。しかし、上に書いたような地域が所属するということは、大柵欄の商業地区だけではなく、琉璃廠、それに昔の八大胡同も属することになるので、手を出した。 こうした地方志の構成には、政府で決めた規格があるようで、この本も、無味乾燥な部分も多いが、さすがに昔からの北京の下町の代表的な地区で、この種の本の巻頭にお定まりの大事記(年表の詳しいもの)に、戯園の火事の記事が載っていたり、このあたりに多い会館に関する項目などもある。もちろん、琉璃廠についても一章が当てられているし、「旧社会醜悪現象」という章があって、八大胡同の妓院についても書かれている。この地区については、やはりお役所の編纂物で、『宣南鴻雪図志』という大著があるし、各胡同については、『北京市宣武区地名志』が詳しいが、この『大柵欄街道志』も、そうした本と並んで、いい参考文献になりそうだ。 ちなみに、刊行されたのは一九九七年のことだが、定価は入っておらず、奥付には「内部贈閲」と書かれている。私が買った本には、中国の古書店が付けたのか、五十元のシールが貼ってあり、日本で買った値段は、三千円をこえたあたりだった。北京でも中国書店というよりは、潘家園あたりの方が似合いそうな本だ。前回までに書いた、清朝や民国時代の古書が、日本の古書店で手に入るのは、別に不思議なことではないのだが、このような最近刊行の珍しい本も、日本で手に入れる機会があることを、今回は紹介してみた。
森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。中国近世の社会・文化を専攻する。 趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。 |