さっき北京から帰ってきてこの原稿を書いている。今朝は故宮にいた。
私は、北京へ行けば、必ずといっていいほど、故宮を訪れる。思い立って調べてみたら、これまでに26回北京にお邪魔しているが、滞在中一度も故宮に行かなかったのはそのうち数回で、通算して20回以上故宮に行っていると思う。
右の写真を見ていただきたい。入場券売り場の横の午門の壁には、いつもこんな看板がならんでいる。故宮では、なにかの展覧会がたえず開かれていて、それが、毎回のように故宮へ行く理由だということは、前にもこの連載に書いたことがある。
今回見たのは、清代宮廷画譜展(4月25日まで、絵画館)、清代宮廷珍蔵如意展(看板には2003年12月30日までとあるが、まだやっていた、景仁宮)の2つだった。
如意は、ご存知と思うが、まごの手の化け物のようなやつで、清朝では開国の伝説と関係があって、宮中の用具として重要なものだった。故宮の後宮を歩いていると、どの部屋にも置いてある。工芸技術の粋をこらして作られていて、木製はもちろん、玉あり、宝石あり、七宝ありで、なかなかおもしろい。こんなに各種まとめて並べられているのを見るのははじめてだ。故宮専門の雑誌『紫禁城』も、1月号は如意の特集をしている。以前に如意のことを卒論に取り上げた学生がいたのを思い出して、彼女に見せてやりたいと思った。
清代宮廷画譜展の方はというと、これは博物画の展示で、魚、鳥、獣、牡丹、菊の画冊から、116枚の絵が展示されていた。博物画マニアの私には、よだれがたれた。
見ていくと、獣や鳥の絵はリアルで見ごたえがあるが、魚の画譜(聶璜・海錯図、康煕年間の人らしい)は平板で、絵としてはも一つなのが気になった。他の絵は宮廷画家の作品だが、この絵だけが民間画家の作品だと、解説にあったから、画家の腕やスタイルの違いのせいかもしれないが、鳥は愛玩の対象だし、獣は狩猟の対象で、それぞれに強い関心があった清朝の人たちも、海には縁が少なかったことも、背景にあるのではないだろうか。博物画の中でも、とくに魚の絵が好きな私には、少し残念だった。写真は、その展示風景。
今回の故宮では、もう一つ収穫があった。軍機処の建物が公開されて、中には「軍機処史料展覧」があった。軍機処といってもご存じない方も多いだろう。まして故宮のどこにあるかは、専門家でもすぐには答えられないかもしれない。
軍機処は、清朝の雍正帝の時に設けられた軍事行動のための役所だが、やがて国政の最高機関となった。今の日本で言えば、内閣の中枢部分とでも言えばいいだろうか。場所は西側の後宮への入り口の乾清門のすぐ左横だが、貧相な建物で、これが清朝の最高権力機関とはとても思えない。
うれしいのは、どの展示も写真撮影がOKだったことで、おかげで、展覧会の日程や展示されている絵の数や、魚の絵の作者の名前だとかを、わざわざメモを取らなくても、ここに書くことができる。これは助かる。また、展示されていたタコの絵や、サイチョウ?の絵を、家に帰ってからも楽しませてもらっている。
この3箇所と故宮書店で、今回の滞在時間は1時間30分くらいだった。故宮書店は乾隆花園にあるので、故宮を南北に一往復したことになる。このごろの故宮行きは、ほとんどこういうパターンで、せいぜい2時間くらいしかいない。
ご存知のように、故宮の入場料は40元。この3つの展覧会の入場料だと考えて、私はお値打ちものだと思うのだが、さていかがだろうか。
森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。
現在、奈良大学史学科教授。
中国近世の社会・文化を専攻する。趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。