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『大安』は揃うだろうか?

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『大安』という雑誌があった。と言っても、さて、現在北京に住んでおられる現役の日本人の方々で、『大安』が出ていた時代をご存知の方は、どれくらいいらっしゃるだろうか。私も、『大安』が出ていた時代は知らない。最後の号が出たのは1969年の7月だから、私が大学に入ってまもなくで、時間的には遭遇していることになるのだが、そのころは、中国のプロになるつもりもなかった。


この雑誌を出していたのは、大安文化貿易という会社で、1950年代の後半から60年代にかけて、日本における中国書籍輸入の中心的存在だった。当時中国にかかわった人で、大安のお世話にならなかった人はいなかっただろう。


その大安が、中国の新刊、近刊書の案内をメインに、新着書の紹介や、研究者のエッセイ、新中国の紹介(この言い方だって、今の人にはぴんとこないかもしれない、なにしろ誰もが中国へ行けるというような時代ではなかったのだから)などの小文を載せて、毎月発行していたのが、この『大安』という雑誌だった。かつての大安と同じ役割をはたしている東方書店の『東方』を思い出していただければ、いいだろう。『大安』のほうがだいぶ薄いし、垢ぬけてもいないが。


さっきも書いたように、私はわずかに出遅れて雑誌『大安』にも、書店の大安にも、縁がなかった。だからよけいにこの雑誌が気になった。お世話になっていた藤枝晃先生が転居される際に、たまたま一山ちょうだいしたのが、『大安』を集めるきっかけになった。もう25年以上前の話だ。


なにしろカタログがメインの小冊子で、もともと消耗品だから、ほとんどは処分されてしまっているのだろう。こういった本ほど集めにくいものはない。原稿を書きながら検索してみたが、日本の大学図書館でこの雑誌を完揃いで持っているところは、検索で判明したかぎりでは、東大の文学部だけのようだ。


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『大安』に興味があって集めているという話をしていると、応援してくださる方がいてくださる。朋友書店の土江店主(かつての大安社員)、本郷の琳瑯閣のご主人などから、お店で不要の部分をゆずっていただくことができて、少しずつだが、足りない号を補完してきた。だが、おそらく通算で190号くらい出ているはずの『大安』のうち、あと20冊くらいのところまできたところで、すっかりいきづまってしまっていた。大安とならんでこの時期の代表的な中国書輸入会社だった極東書店のPR誌、『書報』は揃えることができたので、どうしても『大安』も完揃いにしたい。


そして、今年の11月、秋恒例の京都百万遍の青空古本市の名物、100円均一コーナーに大量の『大安』が出現した。写真は、百均(関係者はこう呼ぶ)の光景。ほとんどは持っている号だったが、それでも6冊を追加できた。これで、あと15冊ほどにまで追い詰めることができた。しかし、先は遠い。雑誌のセットを作るには、最後の1冊にそれまでの全エネルギーと同じだけのエネルギーが必要だと、昔から言われている。はたして、完成することができるのかどうか。こればかりはわからない。


いっしょに百均で買った本を調べていたら、今回出現した『大安』は、かつて私の勤務先におられ、学長を勤められたこともあるKさんの蔵書だったことがわかった。Kさんとは勤務した時期がずれていて、お目にかかったことはないが、この本でご縁がつながった。不思議なことに、私の手もとの『大安』は、何かのご縁のある方の旧蔵がほとんどだ。




森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。

現在、奈良大学史学科教授。

中国近世の社会・文化を専攻する。趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。



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