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| もとの場所は? |
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3月中旬に北京にお邪魔した。いつものようにあわただしい滞在だったが、復興門外、地鉄の木穉地駅近くに今度オープンした首都博物館は、期待以上のものだった。 すごい、でかい、というのが最初の印象だ。建物全体の写真がとれない。 展覧会を見るのが早いのが自慢(欠点かも?)の私だが、持ち時間の2時間ではとても追いつかなかった。5階建ての1階はホールだが、あと4階が吹き抜けで左右に分けられた展示室になっている。まだ開いていない部分もありそうだ。 展示の設備も最新のもので、孔子廟にあったころとは天と地の差だ。改修が進みつつある故宮の各展示室の展示もそうだが、世界レベルの展示になっている。もちろん、北京の歴史、文化、美術、民俗の展示がテーマだが、陶磁器のフロアなどは第一級の物がたくさん並んでいて、それだけで専門美術館のレベルだ。改修工事のために国家博物館が当分のあいだ(2010年まで?)休館なので、今の時点では北京随一の博物館はここだろう。 北京の歴史についての文物の展示は、いいものがずらりと並んでいて、はじめて見るものもたくさんある。感心しながら眺めていたのだが、途中で、あれっと思うようになった。
例えば、現存する北京で一番古い石刻は、漢の永元年間の石柱なのだが、それが展示されている。これは、前は石刻芸術博物館にあったはずだ。あるいは、元の初期の高僧海雲さんの像は、今は取り壊された西長安街の双塔寺にあったものが、白塔寺に移されて、展示されていたはずだが、ここに並んでいる。同じく双塔寺にあった海雲さんの小さな石碑もここにきている。海雲さんは北京の歴史ではかかせない人なので、展示されているのは不思議ではないのだが。 他にも、北京のあちこちからいいものが移動して来ているように思われる。旧知の文物については、「あ、あれがある」と思って見るだけで、プレートをちゃんと読んでいないから、ひょっとしたら、並べられているものはレプリカだったのだろうか。もし、本物が引っ越してきているとしたら、もとの展示場所はどうなっているのだろう。気になる。今回は時間が無かったが、次回は是非確認してみたい。 やはり気になったのが、もとの首都博物館は?ということだった。 つい先だってまで首都博物館だった孔子廟は、改修工事の真っ最中。出入りは、隣の国子監からするようになっている。もともと、2つはセットのもので、孔子廟が首都博物館、国子監は首都図書館として使用されていた。 図書館は少し前に、東三環の南の角のあたりに引っ越し、今回博物館も出て行った。これで旧貌を復元しようということだろう。孔子廟の大成殿は足場とネットに覆われていて、建物は見ることができなかった。きれいに塗り直されつつあるのがネットの隙間から見えた。その一方で、私のお目当ての科挙石刻や乾隆石経はそのままの場所にあった。 図書館が出て行ったあと、国子監は科挙博物館になっているが、今回は変化をチェックするのを忘れてしまった。昔の文献をみると、乾隆石経や科挙題名碑も、今の場所が原位置ではないようだから、それらもふくめて、これから全体がどういう形で史蹟として景観整備されるのか、楽しみだ。古木が立ち並ぶ孔子廟の境内は、有名観光地にしては静かで、街歩きの途中の落ち着ける場所だった。それが、これからも続くことを期待したい。 森田憲司 一九五〇年、大阪生まれ。 現在、奈良大学史学科教授。 中国近世の社会・文化を専攻する。趣味は、書物・地図をはじめとする中国にかかわるもろもろの収集。 |