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心心相印 目次
国際交流基金 日中交流センター 橋本 カツ子 心心相印 電子書籍発行に際してのご挨拶
多様性を楽しむ (ダニエル・カール タレント)
外からみると、日本という国は、ぶんぶん唸る工場群が隅から隅までずらっと並び、輸出を待つ商品がぐるぐる渦を巻いているような国、という以外のなにものでもない、というイメージを抱きやすい国です。
東西文化の融和(森英恵 ファッションデザイナー)
パリにオートクチュールのメゾンを開き、東洋人のクチュリエとして活動を開始した翌年の1978年、私は初めて中国を訪れました。光栄なことに世界のファッションデザイナーの中で最初の訪中、上海のシルク公司からのお招きでした。
カメラを通じて(于 前 フォトグラファー)
私は、カメラを通じて目の前の世界を理解するのが好きだ。長年のつきあいのカメラを首にかけ、私は中国と日本をほぼ歩き尽くした。レンズの中から多くの啓示を得た。カメラを掲げたときの私の目的は、被写体をうまく撮ること、レンズの前の人がどんな国籍の人であろうと笑顔になるように。
小皇帝達にボランティア活動を(青木陽子 天津市視覚障害者日本語訓練学校理事長)
親や祖父母の愛情を一心に受けて、何不自由のない生活を謳歌している一人っ子、いわゆる「小皇帝」。自己中心的であるがゆえに、その存在が深刻な社会問題として認識されるにつれ、「脱小皇帝」を目指すさまざまな教育が試みられてきた。
閉じた窓(劉宝萍 天津市障害者芸術団声楽家)
人の「心の窓」、それが眼である。ある特別な状況では、人は眼を閉じなくてはならない。
文化的魅力こそ「一流国家」の決め手(淵本康方 共栄大学学長)
唐帝国は当時の世界ではまぎれもなく「一流国家」であったということができるでしょう。日本から派遣された遣唐使を含む近隣のアジア諸国のみならず、はるか西域からあるいはヨーロッパから唐の都長安を訪れる人々が引きも切らない状況であったと伝えられています。
初めて日本で過ごす春節(王小燕 中国国際放送アナウンサー)
日本で春節を過ごすのは、私にとって今回が初めてです。「春節と言っても、日本では普通の日だよ」と以前、春節に電話をくれた日本の友人の話を思い出しました。
言葉は通じなくても心は通じる(大塚忍 モデル・女優)
私の北京生活も早2年になる。1つのCMがきっかけとなり、雑誌モデルや化粧品のイメージキャラクター、映画出演と、小さな出会いが少しずつ、大きな運命の出会いへと導いてくれた気がする。
西暦734年(余秋雨 作家)
生活においては最も尊いものが最も奪われやすく、歴史においては最も重要な時代が最も簡単に忘れ去られてしまうものである。
東アジアには、共通する価値観が存在するのか? (竹内実 京都大学名誉教授)
古都・京都では、毎年夏になると「祇園祭(ぎおんまつり)」と呼ばれるお祭りが行われる。 祭りとは、民衆が神を慰め祈願する儀式である。
中国との縁(荒木由美子 女優)
“排球女将”が二十数年前から中国で何度も放送され、多くの方に見ていただいたことを知ったのは、つい最近のことです。私がこのドラマの撮影をしていた時は20才前後。今から約25年前のことで、撮影中は特訓のシーンで顎をはずしたり、足を打撲したりと、大変な撮影でした。小鹿純子としての演技をしなければいけないし、バレーボールも頑張らなくてはいけなかったので、若い頃にしかできないドラマだったなぁと、今は懐かしく思い出されます。
日本文化にみられる「中国への思い」についての管見(孫東民 人民日報支局長)
東京に駐在して、日本社会について報道することは確かに便利であるが、ただ東京にいて、その政界の動きや内政・外交を見ているだけでは、客観的に日本を観察していることにはならないことを痛感している。
長城を訪ねる(福原義春 資生堂名誉会長)
一九八0年頃、私は国際部長として海外市場の開拓に当たっていた。たまたま友好商社の人を介して、北京市の第一軽工業局の担当部門から話し合いをしたいという意向が伝えられ、早速これに応じて北京に赴いた。
桜の樹の下で(毛丹青 作家)
松田先生は獣医で、東京で動物病院を構えている。遠くからは積み木を積み上げたように見える建物では童話のような色彩で、オレンジ色の壁の間に通路がある。通路はピンク色で、陽射しの無いときでも明るく、ときにはまぶしく感じることもあるほどだ。
本当に美しい日中両国の未来を創造しよう(中野良子 女優)
中国の皆さん、こんにちは。お元気ですか。俳優の中野良子でございます。1979年の秋、映画祭を機に訪中して以来、早26年の歳月が経ちました。 初めて中国の大自然や人々の営みを、目のあたりにした時、まるで宇宙の別の星の来たかと思うほどの驚きでした。
海によって作りだされた日本(唐亜明 作家/翻訳家)
日本は、海に囲まれ、守られ、海の恵みを受けて、海に生きる国だと、日本で暮らす月日がたつにつれて、この当たり前の事をつくづく感じている。中国にも長い海岸線があって、海に面している地域が多くあるが、四方を海に隔てられているような感覚はない。島でも、いろんな意味で大陸と繋がっている。一方、内陸部には海を目にする事のない人が大勢いる。北京出身のぼくでさえ、海とは憧憬のまとでしかなかった。
在日中国人の再発見(坂中英徳 前東京入国管理局長 外国人政策研究所所長)
「在日中国人問題の解決なくしては、人口減少時代の日本の外国人政策の展望を開くことはできない」という基本的認識に立って、在日中国人の全体像をつかみ、問題解決の方向を探ってみる。
草花を愛する日本人の美意識(王敏 法政大学教授)
日本に住みだしてから、私は窓を開ける習慣がついた。開けたとたん、さっと外の風が入り込み、さっきまでのうっとおしい屋内がいっぺんにさわやかになる。マンションの13階の特権を十分に満喫できる瞬間である。
日本人と中国人(中江要介 元中国大使)
このたび開かれたこの窓「心心相印」は、日本と中国、日本人と中国人を繋ぐ窓です。この窓に最初にヌーッと現れた日本人、それは中江要介と名乗る男です。私は1984年から1987年まで日本の特命全権大使として中国に在勤しました。その前にも1972年の日中国交正常化、1978年の日中平和友好条約締結の際にお手伝いをさせて戴きました。
中国語オピニオンサイト「心心相印」開設挨拶 (小倉和夫 国際交流基金理事長)
日本と中国は、2000年以上の昔から、さまざまな形で繋がりを持ってきました。しかし、日本と中国を繋ぐ窓は、あるときは大きく開かれ、あるときは閉じられてもいました。