My Opinion 心心相印
文化的魅力こそ「一流国家」の決め手

唐帝国は当時の世界ではまぎれもなく「一流国家」であったということができるでしょう。日本から派遣された遣唐使を含む近隣のアジア諸国のみならず、はるか西域からあるいはヨーロッパから唐の都長安を訪れる人々が引きも切らない状況であったと伝えられています。

さて「一流国家」とは何でしょうか。私は、その条件として三つあると考えています。

その一は、経済力が豊かな国家であることです。貧富の格差が激しく飢饉や飢餓が頻発する国はとても「一流国家」とはいえないでしょう。富が一部の人々に偏在するのではなく一般の人々の家計も潤っている社会、細かく言えば、国民所得、物価上昇率、失業率、成長率などからみて安定した経済力を有する社会のことです。さらに国民総生産の規模も関係してくると思います。このような国であれば世界中の国との交易が活発に行われます。

その二は、「強い」国家であるということです。ただしこれが「軍事力の優位性」を意味するかどうかは現状においては疑問です。確かに歴史を振り返れば、世界帝国の建設は軍事力によって達成されました。ローマ帝国、元帝国、サラセン帝国、オスマントルコ帝国などすべて軍事力で実現しました。これらの事例から見ても、軍事力抜きの「一流国家」というものは存在しないことが明らかです。少なくとも、過去においては。しかし、これからは、優れた軍事力を備えているというだけでは、その国は尊敬されるべき「一流国家」とは言えないでしょう。
軍事力の優位性をそのまま、「一流国家」の要件とするならば、「覇権国家」と同じではないかという疑問がでてくるからです。従って、これからの「一流国家」としての条件としての軍事力の優位性とは、テロなど理不尽な攻撃に対抗できるという意味での「強さ」であります。

最後に、私の言う「一流国家」の条件として、これら二つの条件に加えて、文化的魅力を挙げたいと思います。文化的魅力はある意味で経済力や軍事力以上に重要であり、これが備わっているかどうかが「一流国家」であるかどうかの決め手になると言っても過言ではないでしょう。

昔の唐の都長安が世界の人々を惹きつけたのはまさにこの文化的魅力にあったと思います。日本の遣唐使を始め諸国の使節が次から次に唐の繁栄に惹きつけられて訪問しました。帰国した遣唐使たちは白鳳、奈良、平安時代の日本文化の興隆に大きく貢献したのです。唐帝国は武力中心で統治した「覇権国家」というよりも文化的魅力によって世界の人々にその威力を示したと言えるのではないでしょうか。歴史上数多く存在した野蛮な帝国としてではなく文化の豊かに咲き誇った帝国として後世の人々の記憶に鮮明に残っているのです。
さて現代の国際情勢を見ると、おそらく、私の言う「一流国家」の3要件を備えた国は存在しないようです。

目を昨今の東アジア情勢に転ずると、国家間の緊張感・相互不信が増幅してきました。日中両国は漢字を国語とする数少ない国家であります。昔日本人は中国の文化から多くのことを学びました。一方、明治・大正時代に来日した中国からの留学生達は西洋近代文化を日本語を通じて学んで祖国の近代化に貢献したとも言われております。文化的に共通基盤を有する両国民が、手を携えて、王道に立つ文化国家即ち「一流国家」を目指すことによって、東アジアの平和と世界の繁栄に寄与することが今痛切に求められています。これこそが日中両国に課せられた課題です。

淵本康方 共栄大学学長
淵本康方
1961年東京外国語大学英語科(国際関係専修課程)卒業。国際関係コンサルタントとして、住友ビジネス・コンサルティング(現日本総合研究所)において、約21年間勤務。その間日本企業の海外投資、JICAのODAプロジェクト、米国州政府の投資コンサルタント等に従事、同社国際部長など歴任。93年中央大学経済学部兼任講師(アジア経済担当)、95年〜2002年迄静岡県立大学国際関係学部教授、2002年4月共栄大学国際経営学部教授、2005年1月共栄大学学長に就任。
最近の著書に、「国際経営学入門」(創成社、2004)、「アジアの経済発展と安全保障問題」(日本国際問題研究所、1999)、「国際ビジネス・経営入門」(中央経済社、1997)、「東南アジア世界の実像」(中央経済社、1994)他


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