Tokyo Life

渋谷の街を歩きながら、知らなかった翼を知った


中江 翼(25才) 俳優 奈良県奈良市生まれ。


翼は演技のレッスンで知りあった、3年来の友人だ。

渋谷で会う約束をした日の朝、春としては少し寒い日だった。

待ち合わせ場所、スクランブル交差点付近のマック(マクドナルド)に向かう。

朝の渋谷は道路が広く感じた。空にはカラスが飛んでいる。

爽やかになりきれない、都会の朝。


マックの店内を見渡す。まだ眠たそうな空気が漂っている中、翼が真剣に手帳を見ている。声をかけると「おー、なな、元気ぃ?」と、相変わらずの人懐っこい笑顔。

「手帳、真剣に見てたね」

「うん。中国語勉強してた」

翼は1年半前から台湾と日本を行ったり来たりしている。

最近は中国語でドラマのオーディションを受けられるほど、会話できるようになったという。

俳優としての目標は、ジョニーデップと共演すること。それにはアメリカに行くより、アジアで有名になってこそ実現できると翼は思っている。やりたいことを語る翼の目がキラキラと輝いた。

古都奈良で生まれた翼は、小学生のころ成績はいつもトップだった。ところが奈良で一番の中学の受験に失敗。それからは毎日毎日、サッカーづけの日々。中学時代の成績は下から数えた方が早いくらいだった。

高2になって希望の大学に推薦で入る基準を知る。進学に関係のあるテストに絞り猛勉強したところ、成績はぐんぐん上がっていった。サッカーも、テストも絶好調だった。

そんな高2の夏、練習試合で左足首を骨折してしまった。それまで打ち込んできたサッカーをやめざるを得なくなった。その後、体育以外は全て5段階中5という成績で、希望通りの大学に推薦入学を決めた。


マックを出ると街は活気づいてきていた。スクランブル交差点にはもう人がいっぱいだ。肩が触れそうになりながらすれ違っていく人々。



島根県出身のわたしが初めて渋谷に来たのは、高校生の頃。あまりの賑やかさで、何かお祭りをやっているのだろうかと思った。今でも渋谷にくると、少しテンションが上がる。

となりを歩く翼がぽつり、

「自分自身でいいんだよね」とつぶやいた。

わたしは「どういうこと?」と、その気持ちを聞こうとしたが、翼の目があまりに静かだったので声が出なかった。

センター街に入ると、さまざまな音が折り重なっている。外国人、ギャル、制服姿の子たち・・・・・。人も、店も、音もひしめき合う通り。わたしたちは少し声を張って会話した。

映画館、本屋、ウィンドウショッピングや人間観察、友達と語れるお店・・・。その日の気分で何をするか決められるところや、いつも新しい発見があるところが翼のお気に入りだ。

そんな翼が初めて渋谷に訪れたのは、大学進学のため上京した18才の時だ。なにもかもが奈良とは違い、まるで外国のようだと感じた。憧れもあったが、異様な街に見えた。そのうち、あまりの人の多さに、酔って気分が悪くなってしまった。

この1年半、鞄一つで飛行機に乗り、台湾と日本を往復する翼は、東京に戻ると渋谷に足が向かってしまう。今はもう酔うことはない。異文化を経験して、どんなときでも自分自身でいられるようになったからだ。


センター街から井の頭通りに出た。「こっち」翼が裏の路地を指す。

東急ハンズを通り過ぎ、LPなどを扱うレコード屋の横の道。階段がいい感じだ。

「オレね、渋谷の裏道、好きなんだよね」

翼が初めて渋谷に来て人に酔ったとき、ふらふらと歩いていると道に迷ってしまった。そこには渋谷の別の顔があった。渋谷の裏道には喧騒とは違う、静かな時間が流れていた。

「人もおんなじ。表からは見えない別の顔があるんだよ」と翼は言った。

翼には弟と妹がいる。弟と翼は、幼いころいつも同じくらいの背たけだった。そのうちに抜かれてしまう。高校生になっても翼は声変りもしない。身体の成長が人一倍遅かったのだ。親も心配した。病院で診てもらったこともある。明るいサッカー少年だった翼の、誰も知らない心の葛藤。

翼の笑顔の目の奥に、なにか揺るぎない力強さを見た気がしたのは、わたしの気のせいではなかった。


大学に入り東京に少しずつ慣れてきたころ、突然身長が伸びはじめ、声変わりもした。自然に自信がみなぎってきて、世界が違って見えはじめた。街でスカウトマンに声をかけられるようにもなった。

翼は、それまで見つめ続けてきた自分の肉体と心で、なにか表現する仕事をしたいと思い始める。それが、俳優だった。俳優とは人間の本質を心と体で探る職業だ。翼はバイトをしながら日々演技のレッスンをする。そしてどんどんその魅力に惹かれていく。

ある時、知りあいから「台湾で俳優をやらないか」という話があった。

自然な流れを大切に思う翼は縁だと直感し、わずか5分で話に乗った。不安よりも、期待の方が大きかった。外国で挑戦するチャンスは今しかないと思ったからだ。

「全ては今だよ。その時やりたいと思ったことを選ぶ。たとえそれがツライ選択だとしてもね。」翼はやわらかな口調でそう言った。



午後のゆったりとした時間、裏道を抜けて代々木公園に向かう途中、翼がさっきの手帳を見せてくれた。

そこには「夢・筋・仲間・義理・人情・笑・愛・美」と書かれている。同じ言葉を台湾の部屋の壁に貼ってある。いつもこの言葉を胸に、翼は、異文化の中で過ごしているのだ。

台湾では、日本人の感覚からすると「どうして?」と戸惑うこともあるけれど、今ではなんでも受け入れられるようになったという。

代々木公園につくと、向こうから男の子が勢いよく走り寄ってきた。大きな声で女の子が笑っている。突然の出来事なのに、翼は両手をいっぱいに広げた。


暗くなり、わたしたちはネオンが点る、渋谷のスクランブル交差点に戻ってきた。

「がんばってね」と笑顔でハグをし、わたしは翼の後ろ姿を見送った。

彼は駅に向かって歩いていく。

昼間に一緒に見た、多くの人たちと同じように。




このコーナーでは東京近郊に生きる若者を通して日本を紹介していきます。
今回は第一回目という事もあり、台湾と日本をつなぐ中江翼君に登場して頂きました。
次回も、お楽しみに。


■ 中江 翼 blog
http://www.wretch.cc/blog/TsubasaNakae


■ 7. -nana- blog
http://yuri7saki.exblog.jp/



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