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渋谷の街を歩きながら、知らなかった翼を知った |
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島根県出身のわたしが初めて渋谷に来たのは、高校生の頃。あまりの賑やかさで、何かお祭りをやっているのだろうかと思った。今でも渋谷にくると、少しテンションが上がる。 となりを歩く翼がぽつり、 「自分自身でいいんだよね」とつぶやいた。 わたしは「どういうこと?」と、その気持ちを聞こうとしたが、翼の目があまりに静かだったので声が出なかった。 センター街に入ると、さまざまな音が折り重なっている。外国人、ギャル、制服姿の子たち・・・・・。人も、店も、音もひしめき合う通り。わたしたちは少し声を張って会話した。 映画館、本屋、ウィンドウショッピングや人間観察、友達と語れるお店・・・。その日の気分で何をするか決められるところや、いつも新しい発見があるところが翼のお気に入りだ。 そんな翼が初めて渋谷に訪れたのは、大学進学のため上京した18才の時だ。なにもかもが奈良とは違い、まるで外国のようだと感じた。憧れもあったが、異様な街に見えた。そのうち、あまりの人の多さに、酔って気分が悪くなってしまった。 この1年半、鞄一つで飛行機に乗り、台湾と日本を往復する翼は、東京に戻ると渋谷に足が向かってしまう。今はもう酔うことはない。異文化を経験して、どんなときでも自分自身でいられるようになったからだ。 センター街から井の頭通りに出た。「こっち」翼が裏の路地を指す。 東急ハンズを通り過ぎ、LPなどを扱うレコード屋の横の道。階段がいい感じだ。 「オレね、渋谷の裏道、好きなんだよね」 翼が初めて渋谷に来て人に酔ったとき、ふらふらと歩いていると道に迷ってしまった。そこには渋谷の別の顔があった。渋谷の裏道には喧騒とは違う、静かな時間が流れていた。 「人もおんなじ。表からは見えない別の顔があるんだよ」と翼は言った。 翼には弟と妹がいる。弟と翼は、幼いころいつも同じくらいの背たけだった。そのうちに抜かれてしまう。高校生になっても翼は声変りもしない。身体の成長が人一倍遅かったのだ。親も心配した。病院で診てもらったこともある。明るいサッカー少年だった翼の、誰も知らない心の葛藤。 翼の笑顔の目の奥に、なにか揺るぎない力強さを見た気がしたのは、わたしの気のせいではなかった。 大学に入り東京に少しずつ慣れてきたころ、突然身長が伸びはじめ、声変わりもした。自然に自信がみなぎってきて、世界が違って見えはじめた。街でスカウトマンに声をかけられるようにもなった。 翼は、それまで見つめ続けてきた自分の肉体と心で、なにか表現する仕事をしたいと思い始める。それが、俳優だった。俳優とは人間の本質を心と体で探る職業だ。翼はバイトをしながら日々演技のレッスンをする。そしてどんどんその魅力に惹かれていく。 ある時、知りあいから「台湾で俳優をやらないか」という話があった。 自然な流れを大切に思う翼は縁だと直感し、わずか5分で話に乗った。不安よりも、期待の方が大きかった。外国で挑戦するチャンスは今しかないと思ったからだ。 「全ては今だよ。その時やりたいと思ったことを選ぶ。たとえそれがツライ選択だとしてもね。」翼はやわらかな口調でそう言った。 |
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午後のゆったりとした時間、裏道を抜けて代々木公園に向かう途中、翼がさっきの手帳を見せてくれた。 そこには「夢・筋・仲間・義理・人情・笑・愛・美」と書かれている。同じ言葉を台湾の部屋の壁に貼ってある。いつもこの言葉を胸に、翼は、異文化の中で過ごしているのだ。 台湾では、日本人の感覚からすると「どうして?」と戸惑うこともあるけれど、今ではなんでも受け入れられるようになったという。 代々木公園につくと、向こうから男の子が勢いよく走り寄ってきた。大きな声で女の子が笑っている。突然の出来事なのに、翼は両手をいっぱいに広げた。 暗くなり、わたしたちはネオンが点る、渋谷のスクランブル交差点に戻ってきた。 「がんばってね」と笑顔でハグをし、わたしは翼の後ろ姿を見送った。 彼は駅に向かって歩いていく。 昼間に一緒に見た、多くの人たちと同じように。
このコーナーでは東京近郊に生きる若者を通して日本を紹介していきます。
■ 中江 翼 blog
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