創ることしか知らなかった泰瑞は、築地で社会のしくみを知りはじめた


原田 泰瑞 –Yasumizu Harada- (23) 佐賀県有田町出身


お正月に地元、有田に帰省していたという泰瑞。
毎年中学校時代の同級生たちといっせいに集まっている。今年はその数、30人。
かなり多い。それでも、
「今年は少なかったですよ。一番多いときで100人でしたから」
と彼はいう。
大学を卒業し社会人になるとなかなか帰省できなくなり、以前より人数が少なかったのだ。泰瑞は少し残念そうな顔で言った。


彼は現在上京して9ヶ月、築地の器屋で働いている。
築地は、世界最大規模の築地市場があることで有名だ。国内外からの観光客も多く、常に活気がある。
また、銀座から徒歩圏内であるにも関わらず、築地市場も周辺の住宅街も下町情緒が漂い、昔の東京を感じることができる。


 

泰瑞は今、その築地で仕事が中心の生活を送っている。
休みは週1日、日曜日だけ。
「普段は音楽すら聞かないっすね。時間ないっす」
平日できなかった家事や用事を日曜日にまとめてやっている。
会社に同僚はおらず、上司と先輩だけという環境。
こんな状況だから当然、東京で知りあった友達はまだいない。慣れない土地で新しい仕事を一生懸命やっていれば、友達をつくるのは難しいのだろう。
地元の友達は2人だけ東京にいるが、遠かったり、仕事でスケジュールが合わなかったりとなかなか会えない。
「電話、けっこうしますね。地元とか大学ん時の友達とかと、30分とか喋っちゃいます」
そもそも泰瑞はみんなで集まるのが好きなのだ。
大学時代に一人暮らしの彼の部屋には友達がよく遊びにきていたことや、バイト先の飲食店に自分で釣った魚を持ち込み、みんなで豪勢に食べたことなどは泰瑞にとって大切な思い出だ。



「最初は東京に出てくるのイヤでしたね。一人だし、右も左も分からないし。ヤバーイ、どーしよー、みたいな」
大学4年間は地元、有田から福岡にでて過ごした泰瑞。一人暮らしは初めてではないはずだ。
だが、専攻していた陶芸コースの教授は実家の近所の知り合いだったし、たとえ一人暮らしをしていたのだとしても、同じ九州、福岡は気負わずいれる環境だったに違いない。それに友達も彼女も九州だし、上京することにあまり乗り気ではなかったのだ。


泰瑞に東京に行くようすすめたのは、彼の父親だという。
泰瑞の実家は佐賀県有田町で有田焼の窯元を営んでおり、彼の父親で4代目だそうだ。
当然ながら、有田にいれば焼き物は有田焼ばかりを目にする。父親から、東京でものを見る目や感性を磨いてきなさいと言われたのがきっかけで、今の職場で働くことになったのだ。
この会社では有田焼だけでなく、京焼、備前焼や、個人の作家の器、さらに陶器以外の漆器や、ガラスの製品なども取り扱っているという。
「個人の作家さんの焼き物でちょっと変わった感じのやつとか、京都のガラス工房のすごいキレイなやつが好きですね」
泰瑞の実家で作っているものは装飾品ではなく業務用食器だということもあってか、今まで見たことのない器が見られるのが楽しいという。
「大学では創るばっかだったから、どうやって創ってるのかはある程度分かるけど、そのあとどうやって流れて行くのか、どんな人が買って行くのか知らなかった」
と、東京と地方で求められる趣向が違うことなども話してくれた。



昔は焼き物から離れたかった時期もあったという泰瑞だが、仕事にも慣れてきた最近では、家業を継ぐことを考え始めたという。
「そろそろ自分のことも考え始めなきゃいけないのかなーとか、思いますね。でも3年後、どうなってるか分からないっす。まだ来たばっかだし。もうちょっとここで頑張んなきゃ」
器だけに限らず、東京にはたくさんの人やものが集まる。街もそれぞれ違う。
まずは今の仕事を頑張ることと、そしてもっと東京を楽しみたいと泰瑞はいう。


泰瑞が東京ライフを楽しむのはまだまだこれからだ。
この1年、築地や、東京のいろんな街で、どんな出会いが泰瑞を待っているのだろうか。





このコーナーでは東京近郊に生きる若者を通して日本を紹介していきます。


次回も、お楽しみに。




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